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民間依頼(1)

翌日。


リシアは再び異国通りを訪れた。勿論、アキラも一緒だ。


「今日も迷宮じゃないけど」

「構わないよ」


ここに来るの好き、と屋台を眺めながらアキラは呟いた。通りを歩く冒険者には、アキラに似た黒髪と瞳を持つ者も多い。もしかしたら彼女は彼等に、「懐かしさ」を感じているのかもしれない。


ただ単に、異国の屋台料理に興味があるだけかもしれないが。


「ほら、行こう」

「うん」


屋台の店主に塊肉の削ぎ落としを宣伝され始めたアキラを呼び、路地裏に入る。途中、異国通りには似つかわしくないエラキス民らしい小さな女の子とすれ違い、リシアは怪訝な顔をする。


「宿屋の子かな。こんな所をうろちょろして、危ないんじゃ」


そうぼやいているうちに、目的地に到着した。一昨日と変わらない佇まいの扉を開け、連れと共に薄暗い店内に入る。


「店主、この間の事だけど…」


心臓を射るような視線を感じて、リシアは店内を見渡す。簾の向こうからではない。扉を閉めて、やっとリシアは視線の主に気付いた。扉に隠れて死界になる席に、ひっそりと先客が座っていたのだ。


恐らく北方から渡ってきたハルピュイアだろう。肌理の細かい白肌に、金属にも似た光沢を放つ濡羽色の頭髪。同じ質の尾羽。ほっそりとした太腿の先には鱗で覆われた鳥の脚が続いている。その脚を悠々と組みながら、ハルピュイアは気怠げな瞳で寂れた酒場には似つかわしくない珍客を見つめている。


「来たか」


掠れ声が簾の向こうから聞こえた。リシアは我に返って、ここに来た目的を思い出す。


「ほら、金だ。確認してくれ」

「ええ」


簾が巻き上げられ、隙間から巾着が出てくる。カウンターの席に腰掛けて、リシアは巾着の中身を確認した。


「…」

「どうした、不満か?」

「い、いえ」


思ったよりもずっといい。今までの植物採集の対価が子供の小遣いに思えるような金額に、リシアは少し驚く。隣で見ているアキラも、へえ、と感嘆の声を漏らした。


「結構貰えるんだね」

「ね、ほんと…ここから三割渡せばいいの」

「いや、もう貰っといた。領収書だ」


紙切れが二枚差し出される。


「これは換金したとこの、これは三割分の…相手が出し渋ってな、貰うのに苦労したぞ」


リシアは二枚の領収書と巾着の代価を見比べ、確認する。問題はない。


「また署名かなんかをしなければいけないのか。ん?」

「ううん、領収書貰ったから大丈夫。ありがとう店主」


巾着から貨幣を取り出し、きっちり二等分する。それをアキラの前に置くと、彼女は貨幣とリシアを真顔で見比べた。


「…?」

「仕留めたのはキミだし」

「あ…いいよ。リシアの課題に着いて行っただけだし。全部リシアのだよ」

「ダメ!こういうのはちゃんとしたいの」

「でも」

「学苑のお遊びは気楽でいいね」


少女とも少年とも判別がつかない声音で、吐き捨てるようにハルピュイアが呟いた。アキラとリシアの間、いや、店内になんとも言えない気まずさが漂う。


たっぷり沈黙した後で、アキラは観念したのか貨幣を受け取った。


「ありがとう。店主さんも」

「構わんよ。またなんか拾ってきたら、持ってきてくれ」


掠れた笑い声が簾の向こうから漏れる。ハルピュイアはその声を聞くと、殊更不機嫌そうに頬杖をついた。


「で、その金で何か食っていったりしてくれないのか」

「え?…まあいいけど」

「どんな料理が好みだ」


店主の言葉にリシアとアキラは顔を合わせ、互いにしばし考え込む。


「…麺類が食べたい、です」


小さく右手を挙げてアキラはそう言った。


「麺だな。もう一人のお嬢さんは」

「え、あ、私は…この間みたいな汁物で」


夕食の事を考えるとあまり腹にたまるものは食べられない。そう判断して、リシアはトーフのような軽食を頼む。


「汁物か、よしよし。じゃあ水でも飲んで待っててくれ」


簾が巻き上がり杯が二つカウンターに並ぶ。口に含んでみると一昨日と同じ、少し酸味のある水だった。


じゃっ、と勢いよく油が跳ねる音が簾の向こうから聞こえてきた。


「リシア、依頼が増えてる」


店内を物色していたアキラが、壁の依頼書を指差した。確かに一枚、手書きと思われる依頼書が増えていた。針で無造作に止められたそれには、崩れた字で依頼内容と報酬、依頼者の住所が書いてある。


『ハチノスタケください あおしへいいちまい ひどけいどおりのジプサムまで』


簡単な採集の依頼だ。この時期になると迷宮のあちこちで見かけるハチノスタケは油や乳と相性が良いキノコで、市場では高値で流通している。それらを買うよりは、こうやって直接冒険者に取ってきてもらうほうが安上がりなのだ。


「この辺りに住んでる子からの依頼だ。ついさっき持ち込まれた」


先ほどすれ違った子供だろうか。わざわざこんな裏路地の店に持って来なくても良いだろうに…と些か失礼な事をリシアは考える。


ふと、昼間の講師の言葉を思い出した。


「気になるか?」

「ええ。この依頼なら私でも出来そう」


ちょっとしたお使いのようなものだ。初めての依頼には悪くない。


「私にやらせてほしい」

「承った…ほら、お待ちどう」


簾が巻き上がり、深い椀が一つ出てきた。透明な汁に青菜と白く丸い物体が浮かんでいる。続いて出てきた小皿には赤黒い汁が入っていた。


「そっちのお嬢さんはこれだ」


今度は浅い大皿と小振りな椀が出てくる。皿には焦げのついた麺の上に肉や野菜がたっぷりと入った餡がかけられた料理が盛り付けられていた。椀の汁は澄んでいて、リシアの椀のそれよりも少し色が濃い。

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