①異変
「一体、どうなってるんだ?なぜこの世界にあんな奴らが…」
牧谷悠人、いや、このコミックの中ではジークと名乗っているその青年は、血の気の引いた表情でつぶやいた。
ここは人気コミック「ドラゴンパレス」の世界。牧谷悠人=ジークはダイバースタウン社が開発した、コミックダイビングを使ってこの世界に降り立った。
これは彼一人の特権というわけではないから、彼以外の人間がこのドラゴンパレスに来ていてもなんら不思議はない。
しかし彼は、この世界においては、だれであろうと出来るはずのない行動を目撃したのである。
「あ、ありえない…、奴ら、このドラゴンパレスの主人公を……、こ、殺しやがった‼︎」
なにかとてつもない異変がこのコミックダイブに起こっている。
彼は急いで現実世界に戻る準備を始めた。
「おーい、悠人、いや、ここじゃジークだったな。こんなとこで何してんだ?今日はもう引き上げるのか?」
ジークが送還ポイントに向かおうと荷物をまとめていると、背後から声をかけられた。振り返るとそこにいたのは、彼の現実世界の同僚の嵯峨野仁であった。
「ジ、ジンか?ああ、今日はもう引き上げるよ。何も収穫なさそうだからな」
仁はこの世界でもそのままジンと名乗っていた。
「どうした?顔色が悪いようだが?」
「い、いや。……」
ジークは一瞬、今見た出来事を彼に話すかどうか迷い言い淀んだ。彼は同僚、つまりジーク同様ダイバースタウン社の人間だ。
そう、牧谷悠人そして嵯峨野仁、この二人はコミックダイビングを開発したダイバースタウン社からの潜入調査員なのである。
ーーーーどうする!ジンにも話しておくべきか?しかし、こいつの性格、悪いわけではないんだがーー
「ん?なんだよジーク、マジな顔しちゃって。まあ確かに潜入調査なんてかったるいけどよ、もっと気楽にやろうぜ」
これだ、ジンは確かに仕事は出来る。しかし性格が軽い、簡単に言えばチャラいのだ。
「じ、実はな…」
ジークは結局話すことにした。いくらチャラいとはいえ、彼もダイバースタウン社の調査員だ。さすがにこの事態の重さは理解出来るだろう。
「ジン、お前レントンを知ってるか?」
「レントン?それってもしかしてレントン=アレクセイの事か?」
「ああ」
「そ、そりゃあジーク、知らないわけないぜ。このコミックの主人公だもんよ」
「そうか、そうだよな。そのレントンだが、たった今死んだ」
ジークは単刀直入に言った。
「は?」
「いや、正確に言うと殺されてしまったんだ。信じられないかもしれないが、俺は確かにこの目で見たんだ」
ジークは顔を紅潮させ、やや興奮ぎみにまくしたてた。コミックダイバーが犯してはいけない、禁忌とされる善玉側への殺害行為。
それを目の前で目撃してしまった。
「ま、間違いないのか?」
見間違いではない。確かに岩陰で休憩しているところに、突然起こった出来事だった。しかし相手側はよく見えなかったが、レントンの顔はハッキリと確認したのだ。
「じゃあ彼の遺体が?」
「いや、奴らが運んでいったようだ。何の目的かは分からんが…、とにかく俺は上層部に報告しようと送還ポイントに向かうところだったんだ」
「そうか、間違いじゃないのか」
「ああ」
流石にジンもショックを受けているようだった。ジークは再び現実世界に戻る準備をしようとジンに背を向けた。
「間違いない、奴ら…とんでもないことしやがって。目的は一体何だってんだ」
「間違いない、そうか、本当見ちまったのか、ジーク」
「え?」
ジンの言い方は、まるで得体の知れない連中がレントンを殺害した事ではなく、それをジンが目撃した事にショックを受けているような感じだった。
「ジ、ジン、お前…」
振り返った時にはすでに遅かった。
「見ちまったもんはしょーがねーな。ジーク、お前運がなかったな」
ジンはすでに小振りのブロードソードを振り上げていた。半身のジークにはなす術がなかった。その時彼が見たジンの目は、チャラチャラした調査員のそれではなかった。
ザシュ‼︎
肉を斬るいやな音が聞こえてきたかと思うと、ジークの意識はその瞬間ブラックアウトした。
「ち、あいつら、厄介な奴に見られやがって。あと始末が面倒になりそうだな」
そう言い放ったジンの顔は、いつものチャラい調査員に戻っていた。