ふるえるその手
軽い残酷描写が入ります。
後書き長めです。
「クロードさんっ!?」
まったく気づかなかった。3人も同様に驚いているようだ。
マズい…。
「脱走ですか…まぁ、それはいいとして我らが王に利用されたくないと…」
「いくら勇者様といっても、調子に乗りすぎなんじゃあないですか?」
クロードさんの目が妖しく光る。
これが戦い方を知っている人間か、と思わされる威圧感。少しでも動けば首がつながっているかすらも怪しい、そんな不安に駆られる。
「そしてそこの3人…あなた達は能力の高さと親しみやすさから私が直々にメイド達のなかから厳選したのですが、期待外れにもほどがありますね」
「勇者に仕える?バカバカしい。この地にいるものは皆、イースラリア王にこそ仕えるべき、いや、使われるべきと言っておきましょうか」
「クロードさん…いや、あんたそれ本気で言ってんのか?」
「あら、分かっちゃいます?」
ほんの数十分前と変わらぬ微笑みを見せるクロード。今はそれが、不気味でしかない。
「あんな王様でも、いいところはあるんですよ。いや、あんな王様だからこそいいんですよ。自国の民にも興味なし、世界の平和も興味なし。ただ自分の私腹が肥やせればいい。自由に振る舞えればそれでいい」
「なんて愚かで、なんて最高な王様なんでしょう!」
「この国の実権はほとんど私が握っている。あの愚王を王というポストに立たせておくだけで、私はこの国を自由に操れる。勇者召喚も提案したのは私だ。勇者様のおかげで国力も鰻登りさ。人族3番目では収まらなくなってきたんじゃないかなぁ!」
呆然とする俺たちを前にクロードは剣を収める。
「まぁそれはいいとして、勇者様。さっきのことは軽いジョークさ。脱走なんてしてくれるなよ?君がいれば私はいずれ人族を統べることさえできるだろう。一緒にきてくれますよね?」
先ほどとはうってかわって、明るい笑顔で手を差しだしてくる。
俺はその豹変ぶりが恐ろしくてしかたない。
クロードはヤバい。
しかも、こんな事があったんだ。これからの扱いも不安しかない。
切り抜けるなら今、やるしかない。
俺が出来る事…殴り合いで勝てるはずもない。そもそも向こうは剣を持っている。
話合いも通用しない。どう考えたってコイツはいかれてる。
頼みの綱は『状態異常』
毒、麻痺、忘却、透明
今使える魔法は4つ。
よし!対象をクロードに、『麻痺』をイメージする。
「むっ」
クロードがピクリと震える、成功か!
「ははぁ…なるほど恐ろしいですね状態異常。無詠唱で使えるようになるんですか」
スキルの嘘はバレたけど仕方ない、ここはとりあえず逃げなければ。
後ろを振り向いて指示を出す。
「今だ、みんな!」
「ですから、何を勝手に逃げようとしているんですか?」
声の方を向けば剣を振り抜いたクロードの姿が目に入った。
それとともに、鋭い痛みが腹部を襲う。
「あっ…イヤァァァァ!!」
リーチェの叫びがこだまする。
腹部を見れば、赤く血に染まっていた。
「あはは、大丈夫ですよ。私が勇者様を殺すことは絶対にありませんから」
腕、肩、胸、脚と、一定の手加減をされながらも次々と切りつけられる。
激痛が走るが、それよりも腹部の出血が尋常じゃない。
いや、ちょっとまて!
「…な、んで、動け、る」
ヤバい、フラフラする。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!腕の立つ私は、訓練によって麻痺や毒が効かないんですよ!残念でしたね!それでは、ゆっっくりとぉぉ!お休みください勇者様ァァ!」
自分の体が倒れるのを感じる。
薄れ行く意識の中で、俺は最後の悪あがきをした。
「……!………!!」
誰かが何か言っている。そして、肩を少し揺さぶられる。
「……っ!……っ!!」
また、誰かが何か言っている。そして、手を強く握られる。
「起きろっっ!キリヤくん、朝だぁぁぁっ!!」
ハイネが叫んでいる。そして、俺の頬を往復ビンタしている。
「ちょっ、いっ、イタイイタイ!やめっ!ぶっ!」
「良かったです!キリヤさん!」
「…まったく、心配をさせる」
「ちよーっと、お寝坊さんだね!」
3人に顔を覗き込まれる。
リーチェは涙を浮かべ、ミルは安堵し、ハイネは興奮している。
「すごいよ、キリヤくん!クロードをやっつけたんだよ!」
見渡せば、数メートル先でクロードが意識を失っている。
どうやら、悪あがきは成功したらしい。
俺はギリギリのタイミングで、『忘却』をかけた。
自分から麻痺と毒は無効と言ってくれたんだ。他の状態異常にも耐性や無効があるのかは分からないから賭けだったけど、幸運だったな。
「そういえば、俺の体!なんで?!」
いつの間にか治っている。気分は悪いが、斬られたときの痛みはほとんどないといっていいだろう。
「…私が治した」
ミルさんが前に出て説明をする。
「…私達は、勇者様のメイドを仰せつかるくらいだ。普通のメイド業務だけでなく、ある程度の技能があるものを集めている。私は回復魔法を得意としている。」
「それでね!私は弓が得意なんだよ!あと、風魔法も!」
自分をアピールするように説明をはじめるハイネ。リーチェもそれにならうようだ。
「私は剣術を得意としています。多少、水魔法も操れます」
「「「…私達も一緒に、連れていってください!」」」
「心強いな!よろしく頼む!あと、治してくれてありがとうな、ミル」
「…仲間なのだろう?礼を言われるまでもない」
「ところで、クロードはどうするのかな?!」
おっと、忘れるところだった…と言うのは冗談だ。現実から目を背けても仕方ない。
忘却によって、どこまで忘れるのかはまだ実験していない。まぁ、Lv.1だ。そこまで大したことはないだろう。
あんな危ない性格を見てしまった今、このままにはしておけない。
もし、脱走の件を忘れていても、今後何があるか分かったもんじゃないからな。
「クロードは…殺す」
クロードの脇に転がる剣を握る。意識がないうちに殺らなければ…。
「…」
腕がガタガタ震える。まぁ、剣なんてもったこともないんだ。しかし、重さで震えているわけではない。
「キリヤさん…」
「大丈夫。一人でやる」
剣はたしか、突き刺すほうがいいんだよな…
クロードの心臓をめがけて突きこむ。
柔かい感触。クロードの目がカッと開かれるが、口から言葉が出ることはなかった。
剣を抜いて、血を払い鞘におさめる。
クロードの死体をベッドの下に隠す。まぁ、時間稼ぎに過ぎない。
まだからだにはぬくもりがある。しかし、脈はない。人を殺めることがこんなにも虚無感を呼び起こすとは。
しかし、感傷にひたってもいられない。
業物であろうクロードの剣をリーチェに渡す。
「時間は少しだけ稼げる。城を出る準備をしてくれ」
3人は頷き、すぐに部屋を出ていった。
流石に武器や少しのお金くらい貰っていかないとな。
部屋の中に誰もいなくなったことを確認し、俺はその場にへたりこんだ。
ありがちですが、人の死を。
この世界にはしっかりと魔物がいます。これからの討伐対象も魔物がメインでしょう。
しかし、明日には死ぬかもしれないこの世界。
テンプレどおりに、盗賊などで人殺しを体験するよりも、深い意味をもたせたかった。
そういう訳で、クロードさん退場です。どうにかして仲間にするという道は捨てることにしました。
次回からは、修行編です。キリヤくんが、どんどん強くなります。
忘却の効果などはそちらで説明します。
では、震える(振るえる)手を握り始めるキリヤくんにご期待ください