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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
最終話B
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世界を破壊するモノ

 その部屋は、暗躍するにはあるまじき場所にあった。暗黒街でも、地下でも、絶海の孤島でも、峻険な山々でも、前人未到の密林でも、海底でも、天空ですらない。

 そこは市街地の中心、まるで宮殿か古代遺跡にように荘厳で豪奢な景観の、歌劇場の一室であった。

「では、ザハ・アンデバインの未帰還をもって、第3829作戦を一時保留とする」

 声は議論するという調子ではなかった。単に案件を通告しただけだ。

 周囲からの反応も、了承以外の感情はない。

 部屋のそこかしこに、大きさも材質も衣装も統一性のない椅子が、配列も向きも出鱈目に配置されていた。まるでそれぞれが、それぞれの領域を誇示しているかのように。

 その席には、怪人が座っていた。

 その席には、聖人が座っていた。

 その席には、魔人が座っていた。

 その席には、超人が座っていた。

 その席には、ヒトですらないモノが座っていた。

 その席には、生物ですらないモノが座っていた。

 その席には、この世のモノですらないモノが座っていた。

 その席には、物質ですらないモノが座っていた。

 その席には、事象ですらないモノが座っていた。

 その席には、存在すらしないモノが座っていた。

 その他の席にもありとあらゆるモノが座っていた。空席もある。

 会議室程の広さの部屋に、人の形をした十数の災厄が、それぞれの椅子に、それぞれの佇まいで座していた。

「かつて〝あの男〟が起こした〈アグレイの腕の日〉を再現する、か。先人を摸倣する、目の付け所は悪くなかったが、死人には荷が勝ちすぎたな」

 茨で編まれた拷問椅子に、聖人が神像のように座していた。

 聖人の視線の先、椅子にされた首のない神像に、死人は座っていなかった。

「いやさ、死人が戻ってこないから作戦の終了は保留されただけで、作戦自体は成功しているのさ」

 壁に背を預け、魔人が言う。何から何までが出鱈目な人物だ。頭髪は床に届きそうな長髪で、赤、青、緑、黄、紫、桃、橙、茶、白、黒、灰が、無秩序に配置された極彩色。容貌は男か女かも分からぬ中性的で、体の起伏も両者の中間である。

「〈アグレイの腕の日〉にも、〈アグレイの指先計画〉でも、レベル8は誕生したのだからな」

 ジュリオ・ジュラハーン、カテゴリX、OUTレベルが言い放つ。

「レベル8は記録員に回収されて、こちらに向かっている最中だとよ」

「作戦は成功した。だが資金と協力者を大量に投入した死人とは違い、〝あの男〟は、〈アグレイの腕の日〉をたった一人で成功させ、そして無傷で生還した。

 結果が同じなら、損失の少ない方こそ賞賛されるべきだ」

 聖人の名はワズマイトス。カテゴリD、レベル8。

「魔人さんよ、随分と死人の肩を持つねぇ。それはアレか? えこひいきか?」

 完璧に計算され尽くした一片500・00㎜の正方形に、少年が座っていた。左腕の表面に無数の眼球を、右腕の表面に無数の口唇を持った、多器人の少年だ。

 超人の侮蔑によって、魔人の双眸に敵意が輝く。

「クソガキが。家に帰ってママの乳でもしゃぶって寝ションベン垂れてやがれ」

「ボクに喧嘩を売るのかい? 丁度ボクも、カテゴリXでOUTレベルは二人も要らないと算出したところだ」

 魔人と超人の間で、炎と冷気と強酸と雷と金属片と光線と重力と精神波と、ありとあらゆる能力が微細な火花を散らし始める。

 肉体の五割が存在しない怪人は、ただ黙って木製の椅子に座していた。

「お止めなさい。この場で口喧嘩は無意味よ」

 魔人と超人の口論を止めたのは、真紅の花嫁衣裳の麗人。尻に敷いているのは、定食屋にでもありそうな一本足の椅子。

「そういえば、前回の〈アグレイの腕の日〉の記録員はキミだったか。

 しかし複製人間の死体を用意してまで、婚約者を欺く必要もなかっただろうに」

「あら、それは無理よ」

 聖人の疑問に、花嫁は艶かしい笑みを浮かべて答える。

「私はあの人を想うだけで、嬉しくて苦しくて熱くて焦がれてしまうのだもの。愛しくて愛しくて愛しくて、思わずこの手で殺して、永遠に私だけのものにしてしまいたいのですもの。

 だから私は、あの人の前から姿を消さなければならなかったのよ」

 リコリア・ラディアンは、恋の狂熱をうっとりと唇に乗せた。

「下らない下らない下らない」

 人間の感情の全てを見下す声は、表現通りに降ってきた。

「功績だの恋愛だの下らなすぎる。そんなものに拘泥、拘泥、拘泥しているから、ニンゲンはいつまで経ってもニンゲンのままなのだ。

 早く私と刃を交えるに相応しい、ニンゲンを凌駕したニンゲンを出現、出現、出現させろ」

 生物ですらないモノが、金属製の椅子に腰かけていた。椅子は天井に固定され、生物ですらないモノも上下逆様になっている。

「あー……、重力が重い。無重力に帰りたい」

 この世のモノですらないモノが、空中に浮遊していた。腕を組み、足を伸ばして、球状の椅子を尻に貼りつけていた。椅子の中心が部屋の一点に留まる形で、無秩序な軌道を描いてその場で回転している。

 物質ですらないモノも、事象ですらないモノも、存在すらしないモノも、それ以外のモノも、それぞれの椅子に腰かけ、それぞれの態度で事態の推移を傍観していた。

 たった一人で世界を相手にできる超々高位の宿主と、彼らに匹敵する戦闘力を有したモノたちが集った室内は、まるで舞台上かと見間違うほどに現実離れしていた。

「それで、立案のあるモノはいるのか?」

 人間ですらないモノの言葉に、全員が動きを止める。やがて、数人が手を挙げた。

「では、第3830作戦から第3834作戦の開始を受諾した」

 それは議論などではなく、ただの事前報告にすぎなかった。

 彼らに上下関係はない。また、目的と思想の統一すらなかった。

 それぞれがぞれぞれの考えで立案し、資金と資材と人材を招集し、実行し、そして終了を報告する。

 彼ら作戦立案を許された〈権利者〉の義務は、同一地域で陰謀が鉢合わせするのを回避する目的での、報告義務だけである。

 協力も、仲間意識も、そして組織としての繋がりすらない集団。それは集団ですらなく、同一の目的を持っただけの、個人の集まりであった。

「皆の衆、らーりほー!」

 能天気な声と共に、部屋の扉が開け放たれた。

 扉を開けた右足で、そのまま左足を掻き、入室してきたのは二十後半の青年。肩まである黒髪は、大陸特有の癖毛で緩やかに波打ち、毛先は緑に染められている。瞳は葡萄酒のような濃い紫。真っ青な紅を引いた口で、林檎に白い歯を突き立てる。

「チミたちは酷いお人たちだね。ボクだけ仲間外れにして内緒話なんてさっ。

 あ、林檎食う?」

 拗ねているのかふざけているのか分からぬ調子で、青年は部屋を進む。

 青年の出現で、室内の様相は一片していた。それまで無秩序だった意思と力の流れが、一つの方向に収束していくように。

 青年は軽い足取りで、自らの椅子に向かう。それは白骨化した獣であった。

 ただの屍骸にすぎないそれが、男に座られただけで玉座に変わった。

 十年前のカルギア、〈アグレイの腕の日〉と同様に。

「ボクらは〈破壊者〉。理由も目的も異なれど、世界を破壊するという意思だけは共通したモノたちの集まりだ」

 男はダークと名乗っていた。最上級の闇(パレス・ダーク)と。

 カテゴリTレベル9。後にも先にも、この惑星史上最強の生命体だった。

「ではでは、気張って世界を破壊しちゃいましょうか」

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