包の中のチョコ
近所のおばちゃんから少しばかりのお礼として、お菓子やらをもらった。
包に包まれた小さなチョコ。
チョコは葉っぱの形をしていてとてもかわいらしい。
小学生のころに、スパンコールやら、ラメやら、そういった類の飾りのなかにも、似たような形の葉っぱがあった。
妾はその、キラキラ光る緑や黄色の葉っぱがなかでもお気に入りだった。図工の時間に空き箱を飾り付けるというもの。
あの箱。
その当時はとても大切にしていた。
そのなかには、ネタ帳や、描いたイラストをくり抜いたものを入れて大事にしまっていた。
でも、やはり、月日が経てばもう、その箱に価値を感じなくなってくる。
いや、捨てる時も勿体なさがあった。
でも、妾は過去のものにこだわりすぎたり、愛着をいだいたり、捨てるということをとても嫌っていた。選択肢にはいらなかったのだ。
妾はしがみついてしまうので、先に進めない気がした。
今こうして年齢こそ立派な大人になったが、妾は小学生の頃からあまり変わっていないと自分では思っている。
変わったところはある。
妾はもう、何もかも嫌になり、捨てた。
多くを捨てた。自分の作品。自分の本棚の本。洋服。
捨てる時も時間がかかった。何年もかけて少しずつ捨てていった。
嫌なことがあるたびに、自分を形づくってくれていたようなものたちを捨てていった。
そして、もう、趣味のものがほとんど残らなかった。
しばらくは、スッキリしていた机の上。
しかしまた、今では次から次に物が増えている。
それらは妾への投資。
妾の学のため。
そんな思いで物が増えている。
とても虚しいことだと思うだろう?
結局自分自身を肯定できなくて、もので囲んで取り繕う。
妾は一度はものを捨てたかもしれない。
でも、何も変わっていない。心の成長などしていない。
頼る当てを信じれない、愚かな人。




