コピー用紙
妾はコピー用紙に、なぐり書きをする。
そして、書いたものは見返すこともなくゴミ袋にそのまま入っていく。1枚ずつたまっていき重ねて折り曲げて捨てたとしても袋のなかで暴れて広がってしまう。コピー用紙は安くて、手頃だといっても妾はただゴミにしかできない。妾はこの大切な1枚を贅沢に粗末にしているのだと思う。申し訳なさがある。ただ、燃えるゴミに出すだけなのだから。もっと集めて資源ゴミとして出しても良いのかもしれないが、妾のなぐり捨てた計算や、言葉や、イラストが、恥ずかしくもあるのでやはりゴミにしてしまう。
妾は資源を無駄にしているのだ。
ほんのりそんな罪悪感があり、妾はなるだけ紙の表と裏とを何かしら書き記している。おかげで、妾の机は亜鉛の跡で薄汚れている。鉛筆やシャーペンの鉛が写ってしまう。
でも、実は妾はそれを誇りに思っていたりする。
妾が何かに夢中になったとまではいかないが、手を動かしたという証として、妾にも生産的な要素を見いだせる瞬間でもあるからだ。
妾はどれだけの紙をくずにしてしまったのだろうか。紙は貴重品。欲しくてもお金がなくて手に入れることさえできなかったはずなのに。妾は醜く時を過ごしてしまったようだ。
紙がもったいないという気持ちからデジタルでの、イラスト制作を試みたこともあるし、今もこうして、文字を表してみたり。
コピー用紙への申し訳なさというものだ。
デジタルデータでのいいところはもちろんある。
だが、妾はこの画面に向かって制作するという面では向かい合うことがあまりできなかった。
妾は画面に時間を奪われる。
妾が、主体となることがないのだ。
妾が危惧していることは、これからの時代でデジタル端末が、当たり前の存在となることだ。
当たり前というのが体の一部、心臓部となりうることを妾はひどく恐れている。妾が取り残された人間だからなのだろうか?それでも、妾の主張としては、無駄を省かれたことによって思考が乏しくなるのではないかと思ってしまう。
妾のような、学のないものが乏しいなどというのはあまりにも高飛車であろうか?
でも、こんな妾が、丸のみにして、考える事を放棄している人間が、心配せざるを得ない状況であるというのはデバイス、インターネットが人間を支配した大詰めなのではないだろうか。
妾が過ぎた事を言いました。
しかし、幼き子が、小学生の子が自分用のスマホを手にして、それを当たり前のように取り扱っているのが妾には心苦しかった。
妾は小さい頃に芽生えた価値観を大人になった今でも引きずっている。
妾の価値観が良い。というわけではないが、けしておかしな価値観は持っていないと思う。
少し乱暴な、言葉遣いで傷ついたりする。
妾は、、、、
そうだな。やはり妾はこれは妾のエゴかもしれないな。
妾の理想とするもの、妾が良しとするものを
これからの子どもらが身につけてほしいとおもっているのだから。
思いやり
美しい言葉遣い
正しい姿勢
ご飯を食べられることへの感謝
己での思考
判断力
妾に足りないもの。
それを次の世代には期待するのだから反発が起きるのも仕方があるまい。
妾はだから子の前ではお手本のように振る舞いたい。
子らが憧れてくれるような、背中をみたくなるようなそんな大人にならなくては。




