↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/317

第7巻 月光騎士の法典 第6章 月光試問






月が高くなる時、ルミエールの鐘は一度しか鳴らない。


正解率掲示板の小さな鐘とは違っていた。門で聞いた鐘は、答えが増えるたびに軽く鳴った。うれしさと焦りを同時に連れてくる音だった。けれど、月光試問の鐘は、鳴ったあとにすぐ消えない。法典広場の石の目地、銀葉台の下、白い余白布の端まで、細く長く残る。


かん。


その一音で、広場にいた人々の声が少し低くなった。


静かになったのではない。話す声が、聞くための高さへ変わったのだと思った。


法典広場の中央には、半円の白い線が引かれていた。線は閉じていない。中央には何も置かれていない。月光柱は半円の上へ落ちているが、真ん中だけは少し暗い。暗いのに、避けられている感じはなかった。誰かを待つ席のように空いていた。


リンドは、半円の外側に立った。


「月光試問を始める」


その声に、罰の響きはなかった。


けれど、遊びでもなかった。


セリカは銀葉筆と未記入欄を持ち、半円の左側へ座った。耳飾りがいつもより小さく鳴っている。ティオは右側に立ち、手のひらに銀の輪を乗せていた。握りしめてはいない。指がふちを触れては離れ、触れては離れる。


ククルーは、僕の足元ではなく、半円の少し外に座った。


「今日は、答えを持っている顔をしない位置にいるよ」


「いつも、していません」


「たまに、案内役っぽい顔はしているね」


「案内役だからね」


そう言ってから、ククルーはひげを軽く伏せた。


「でも、今日は相棒寄りだよ」


僕は少しだけ笑った。緊張が、息一つぶん緩む。


リンドは、試問札を三枚置いた。


照らす距離。


守る距離。


今日の空き。


三つの札は、半円の線上には置かれなかった。少しずつ離れている。離れているから、どれか一つを読めば済む形ではない。


「勝敗を決める試問ではない」


リンドが言った。


広場の端で、見守っていた人々のあいだに小さな動きがあった。勝敗を決めない試問。そう聞いて、安心した人もいれば、何を見ればいいのか分からなくなった人もいるようだった。


ティオの喉が、小さく動いた。


「では、何を決めるのですか」


「決めるより先に、切り替える」


リンドは半円の中央を指した。


「照らす距離と守る距離を、同じ答えにしない。誰か一人が正解を置くのではなく、置き場所を複数の手で確かめる」


セリカが未記入欄を開いた。


そこには、ここまで正解率へ入れなかった印が並んでいる。


出したくなったけれど出さなかった手。


書けるけれど書かない手。


見える。


読みにくい。急がされない。


閉じる前に見る手。


輪の形を見せたかった手。


どれもきれいな答えには見えなかった。でも、どの印も、置かれたまま消えていない。


「まず、照らす」


リンドが言う。


僕は、月光へ渡す影札を出した。


短い線と四つの点。


もう何度も見たはずなのに、半円の中央が空いていると、また違って見えた。中心へ置けば、答えに見えそうになる。外へ置きすぎれば、ただの持ち物に戻る。影札は、僕の正体を教えてくれる札ではない。けれど、どこへ置くと急がされるのかは、確かめられる。


「中心へは置かない」


僕が言うと、ティオが少し驚いた顔をした。


「試問の中央なのにですか」


「中央を空けるための試問かもしれない」


自分で言いながら、少し不安だった。


ククルーは答えを足さなかった。しっぽだけを半円の空きへ向ける。


僕は影札を、半円の左寄りに置いた。月光柱の中心から指三本分ほど外れた位置。線は読める。四つの点も見える。点の横には、小さな影が残った。


セリカが銀葉筆を動かす。


「見える。急がされない」


前の印と同じ言葉だ。でも、広場の中央で言われると、少し強く聞こえた。


リンドはうなずく。


「次に、守る」


ティオが銀の輪を持ち上げた。


手が少し震えている。本人もそれに気づいて、すぐに止めようとした。けれど、止めきれなかった。


「震えています」


ティオは言った。


誰かに指摘される前に、自分で置いた。


リンドは短く答える。


「それも札へ」


セリカが、未記入欄の端へ小さく書く。


震える手。


ティオは息を吸い、銀の輪を影札の上へ置こうとした。


僕の手が、思わず動いた。


「待って」


声が少し大きくなった。


ティオは止まった。


広場の銀葉が、きん、と硬く鳴る。


僕は自分の声に驚いた。守ろうとした。影札を守ろうとしたのか、影札が答えにされるのを守ろうとしたのか、分からない。けれど、今の声には、ティオの輪を責める響きが混ざっていた。


ククルーがこちらを見る。


「旅人さんの手も、置き場所がいりそうです」


僕はうなずいた。


「囲われたくない手」


セリカが、僕を見る。


「囲われたくない、ですか」


「たぶん。影札を囲われたくない。でも、囲うことが悪いと決めたいわけでもない」


言葉にすると、少しほどけた。


セリカは未記入欄へ印を置いた。


囲われたくない手。


ティオは銀の輪を半円の上で止めたまま、僕を見た。


「僕は、奪うつもりではありません」


「分かっている」


「でも、そう聞こえました」


「ごめん」


僕はすぐに言った。


謝ると、銀葉の硬い音が少しやわらいだ。


リンドは何も裁かなかった。試問札を少しだけ動かす。


守る距離。


その札を、影札と銀の輪のあいだへ置いた。


「輪を置くなら、影札の上ではない」


リンドが言う。


「では、どこへ」


ティオの声は慎重だった。


僕は閉じなかった輪を取り出した。月光下の練習庭で、息継ぎの場所だと思った空きが、今も細く光っている。


「二つの輪を、同じ役にしない」


僕は閉じなかった輪を、影札の右側へ置いた。空きの部分を、半円の中央へ向ける。


ティオは自分の銀の輪を、そのさらに外側へ置こうとした。


セリカが首を横に振る。


「外すぎると、ただ見張っている輪になります」


ティオは手を止める。


「見張るのも、守ることでは」


「見張ることも、守ることです」


セリカは答えた。


「でも、見張るだけだと、中の返事を聞く手が遠くなります」


ティオは銀の輪を少し内側へ戻した。


閉じなかった輪とは重ねない。


影札にも触れない。


二つの輪のあいだに、細い道ができた。


ククルーが耳を立てる。


「そこ、月光が通ります」


月光柱の中心から外れた光が、閉じなかった輪の空きを通り、ティオの銀の輪の内側で一度弱まり、また白い半円の線へ返った。


布の端の音に似た、小さな音がした。


きん。


セリカの耳飾りが応える。


「返っています」


「何が」


リンドが問う。


「照らされたものが、閉じられずに戻っています。銀の輪が止めた光も、閉じなかった輪の空きで、少し返っています」


ティオは、自分の銀の輪を見た。


「止めても、返せる」


「置き方によっては」


セリカは、すぐに条件を添えた。


その条件が、ティオを責めていなかった。むしろ、輪を使える場所へ戻している。


リンドは、今度は守りたい札と勝ちたい札を半円の前へ置いた。


「次に、気持ちを置く」


ティオの肩がまた少し固くなる。


「人前で、ですか」


「公の場へ持ってきた」


リンドは短く言った。


「ただし、さらすためではない。混ぜないためだ」


ティオは守りたい札を影札の近くへ置いた。


勝ちたい札は、少し離そうとして、迷った。


「遠すぎると、なかったことにしたくなります」


僕が言った。


ティオはこちらを見た。


「近すぎると、また混ざります」


ククルーが言う。


ティオは二人の言葉を聞き、勝ちたい札を守りたい札から指二本分だけ離した。


「これくらい」


「今日の距離だね」


ククルーが言った。


ティオは小さく息を吐いた。


「今日の距離だね」


その言葉をティオ自身が言うと、半円の白い線が少しだけ明るくなったように見えた。


広場の端で見ていた人々の中から、小さなささやきが聞こえた。


「勝ちたいも、置いていいのか」


「正解率へ入らないのに」


「でも、消さないんだ」


セリカの銀葉筆が止まる。


未記入欄は、今、広場の人々の声も聞いていた。


「正解率へ入らないものが多すぎると、掲示板が意味を失うのではありませんか」


誰かが言った。


責める声ではなかった。不安の声だった。


リンドはその声の方を見た。


「掲示板は意味を失わない。正しい答えを祝う場所は必要だ」


正しい答え。


その言葉に、掲示板の小さな鐘が遠くで一度だけ鳴った。誰かが門の方で答えたのかもしれない。


「ただし、掲示板だけでは、まだ答えにならない問いがある」


リンドは半円の中央を指す。


「この空きは、掲示板の失敗ではない。法典が息をする場所だ」


セリカの耳飾りが、きん、と鳴った。


その音は硬くなかった。


僕は、半円の中央を見た。空いている。何も置かれていない。けれど、影札、閉じなかった輪、銀の輪、守りたい札、勝ちたい札、未記入欄が、その空きを囲いすぎずに見ている。


ここへ答えを入れたくなる。


ここへ、僕の正体の手がかりも、ティオの勝ち負けも、セリカの記録の正しさも、全部入れたくなる。


でも、入れない。


僕は両面札を取り出した。


照らしすぎない面と、守りすぎない面。


今まで、表と裏のように思っていた。でも、半円の中では、どちらかだけでは足りない。照らしすぎないために守る。守りすぎないために照らす。二つは、重なるのではなく、切り替わる。


「転じる」


僕は小さく言った。


ククルーの耳が動く。


「その言葉、急がないでくださいね」


「はい」


僕はうなずいた。


旅人自身が何かに変わるわけではない。ただ、問いの見方を変える。照らす側から見たら急がされるものを、守る側から見る。守る側から見たら閉じそうなものを、照らす側から見る。


それだけなのに、半円の中では難しかった。


僕は両面札を、半円の中央へ置きかけた。


また、中央が答えの席に見えた。


手を止める。


「そこではない」


僕が言うと、ティオがすぐ聞いた。


「では、どこですか」


「切り替える場所だから、真ん中に置くと、切り替えそのものが答えに見える」


セリカが筆を構えた。


「切り替えを答えにしない手」


「それも記録するのですか」


ティオが聞く。


「します」


セリカの返事は早かった。


僕は両面札を、半円の外側、照らす距離札と守る距離札の間に置いた。どちらにも触れない。けれど、どちらからも見える場所。


月光が札のふちに当たり、表の線と裏の輪が、同時には見えず、角度を変えるたびに交互に見えた。


ククルーが低く言った。


「うん。いっぺんに見えないところが、ちょうどいい」


リンドは試問札をもう一枚置いた。


共同判断。


その札は、ほかの札より少し大きかった。


「ここからは、一人ずつ置く」


リンドが言う。


「旅人。照らす距離を一つ動かせ」


僕は、影札をほんの少しだけ月光柱から遠ざけた。点の影が濃くなりすぎる前に止める。


「ティオ。守る距離を一つ動かせ」


ティオは銀の輪を、閉じなかった輪へ近づけた。近づけすぎると、空きがふさがる。ティオはそこで止まった。


「セリカ。記録する距離を一つ動かせ」


セリカは未記入欄を半歩下げた。


「下げるのですか」


ティオが聞く。


「近すぎると、すぐ書きたくなります」


セリカは答えた。


「遠すぎると、なかったことになります。ここなら、聞こえます」


「ククルー」


リンドが呼ぶ。


ククルーは目を丸くした。


「ぼくもですか」


「相棒寄りなのだろう」


ククルーは少しだけ胸を張った。


「それじゃ、問い返す距離を一つ」


そう言って、ククルーは半円の外側から、一歩だけ近づいた。近づきすぎない。けれど、遠くから案内役として眺めるだけの位置でもない。


「ここです」


「なぜ」


リンドが問う。


「旅人さんが困った時に、ぼくの声が届きます。でも、ぼくの声が最初の答えにはなりません」


僕は胸の奥が少しあたたかくなった。


リンドは、最後に自分の試問札を動かした。


「私は、試す距離を一つ」


リンドは、半円から半歩下がった。


広場が少しどよめく。


試す人が下がる。


それは、試問の中心がリンドではなくなるということだった。


「試問は、私の目だけで閉じない」


リンドは言った。


「今日の月光試問は、ここにいる者たちの距離で読む」


銀葉垣が、きん、と鳴った。


硬い音ではない。薄く、少し遅れて、広場の上へ広がる音だった。


セリカが息をのむ。


「銀葉の裏が」


「見えたか」


リンドが聞く。


「まだ、表からです。でも、裏に何かがある音がしました」


次の場所が、そこへ開いた。


銀葉の裏面。


正解者ではなく、見送られた問いの薄い模様が残る面。


僕は、半円の中央を見る。


まだ何も置かれていない。


でも、空きは前より空きらしくなっていた。誰かが答えを入れ忘れた場所ではない。みんなで入れないと決めた場所でもない。ただ、今は答えにしないでおくための場所。


ティオが、勝ちたい札を見た。


「人前に出しても、消えませんでした」


「消えません」


セリカが言った。


「でも、守りたい札と同じ輪には戻っていません」


ティオはうなずいた。


「怖いままでした」


ククルーが、やさしく答える。


「怖いまま置けました」


リンドは月光試問の札を裏返さなかった。終わった札として閉じるのではなく、半円の外へそっとずらした。


「今日の試問は、合格ではない」


ティオの肩がわずかに動く。


「不合格でもない」


リンドは続けた。


「今日の距離だ」


僕はその言葉を聞いて、月光柱の前に立った日のことを思い出した。


合格でも不合格でもなく、その日に置ける距離。


今日は一人の距離ではなかった。


ティオの銀の輪。


閉じなかった輪。


守りたい札。


勝ちたい札。


セリカの未記入欄。


ククルーの問い返す距離。


リンドの下がった半歩。


それぞれの距離が、半円の中央を空けたまま、月光を受けていた。


セリカは未記入欄を閉じず、銀葉台の方へ歩いた。


「裏を見ます」


「今すぐか」


リンドが聞く。


セリカは少し考えた。


「いいえ。今すぐ剥がすのではありません。表から聞こえた音を、裏へ急がせない場所へ置きます」


銀葉筆が、未記入欄の端をなぞる。


きん。


布の端の音に似た、薄い返事がした。


僕は影札を袋へ戻した。今日も、証拠にはしなかった。けれど、何も分からなかったわけではない。影札は、半円の中で答えにならずに、照らす距離と守る距離のあいだにいることができた。


ティオは銀の輪を胸の前で持ち直した。


握りしめず、手のひらに乗せる。


「次は、裏ですか」


「銀葉の裏面だ」


リンドが答える。


「正解者の名前ではなく、見送られた問いの跡を見る」


ティオは、勝ちたい札を見てから、守りたい札を見た。


「僕の札も、そこへ行きますか」


「行くかもしれない。だが、名前としてではない」


セリカが言った。


「手元の記録としてです」


ティオはそれを聞き、少しだけほっとした顔をした。


広場の上で、月光が半円を照らしている。


中央は、最後まで空いていた。


その空きの中に、強い答えはなかった。


でも、銀葉の裏から、まだ読まれていない細い音が、次のページをめくるように聞こえた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。