↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
262/317

第21巻 七つの輪番会議 第1章 七つの席はまだ席ではない

最初に見えたのは、円ではなかった。


僕は、七つの席が丸く並んでいるものだと思っていた。


輪番会議。


輪という言葉を聞けば、自然と丸い形を思い浮かべる。誰かが中央に立ち、順番に発言し、発言が一周して合意になる。そんな形を、僕の手は勝手に作りたがっていた。


けれど、会議場の床にあったのは、円になりきらない七つの低い影だった。


一つは、苔を含んだ木の台。


一つは、浅い水皿を置ける石の台。


一つは、星砂がこぼれても集めすぎない布の台。


一つは、月光を受ける白い板の台。


一つは、古い切符布を敷ける琥珀色の台。


一つは、冷まし皿の跡がある鉄の台。


一つは、未送信灯の光を弱く受ける半透明の台。


七つある。


数えられる。


けれど、まだ席ではなかった。


背もたれがない。


代表札もない。


座る向きも決まっていない。


七つの低い影は、誰かがそこへ座る前に、その大陸から来た手元だけを受け取るように置かれていた。


「席にすると、座る人が先に決まるにゃ」


ミャオリンが言った。


「座る人が決まると、発言順も決まりそうだね」


ククルーは、七つの影を順番には見なかった。


一つ見て、床の隙間を見て、別の台の脚を見た。


その見方をしていると、どれが一番前か分からない。


分からないことが、少し助けになった。


「代表の方々は、もう」


僕が言いかけた時、入口の布が静かに揺れた。


最初に入ってきたのは、リリウムだった。


森の外で見た時より、少し乾いた布を肩にかけている。乾いているのに、森の湿りは失われていない。布の端に、葉の影が残っていた。


リリウムは、木の台へ近づいた。


座らない。


布を台の中央へ置くこともしない。


台の手前、影が床へ落ちるところへ、小さな湿った石を一つ置いた。


「席の前に、聞く重さを置きます」


リリウムの声は低い。


会議を始める声ではなかった。


聞く前に、聞く体がそこへ来たことを置く声だった。


次に、バドゥが入ってきた。


カスカーダの水音をまとっているのに、持っている皿の水は動いていない。透明な水面の下に、細い線が一本だけ残っていた。流れかけて止まった線だ。


「流れるものは、あとで流れればいい」


バドゥは、浅い水皿を石の台の上へ置かなかった。


台の横へ置いた。


「横で待つ水もある」


皿の水は、揺れなかった。


揺れない水を見ると、流したくなる。流せば、会議は進んだように見える。進んだように見えると、動かなかったものが置いていかれたように見える。


僕は、その水をまっすぐ見すぎないようにした。


三番目に来たネフェルは、星砂の小袋を持っていた。


アルカディアの乾いた匂いが、会議場の湿りとぶつからないよう、袋の口は緩く閉じられている。


「七つに分けると、分かりやすいですね」


ネフェルは、そう言ってから、自分で首を横に振った。


「分かりやすいので、今日はまだ分けません」


星砂は、布の台へ一粒も落とされなかった。


袋の外側に、薄い砂の影だけがある。


数えない星砂。


数えないのに、そこにある砂。


僕は、七という数を数えたくなる手を、膝の上で握り直した。


四番目に、リンドが来た。


月光卿の歩き方は、前に見た時と同じようにまっすぐだった。けれど、そのまっすぐさは、今日は誰かを裁くためのものではない。手に持っている白い布が、月光を受けすぎないよう半分だけ折られていた。


「正しい進行は、必要だ」


リンドは言った。


「だが、正しい進行が先に席を照らすと、影にいた手が遅れたように見える」


白い布は、月光台の上ではなく、台の脚元へ敷かれた。


光は弱くなった。


弱くなったから、見えなくなったわけではない。


強く見えすぎないだけだった。


五番目に、ガーネルが来た。


黄昏駅で会った時と同じ、待つ音を持つ歩き方だった。手には切符ではなく、古い切符布がある。折り目の間に、駅灯の黄昏色が少しだけ残っている。


「遅れている席は、ありますか」


ガーネルは、誰かにではなく、会議場そのものへ尋ねるように言った。


受付係が答えようとして、書き具を止めた。


まだ席ではない。


だから、遅れている席も、まだ席ではない。


ガーネルは、琥珀色の台から少し離れた場所へ切符布を敷いた。


「では、遅れが席になる前の布を置いておきます」


その言い方は、遅れを責めなかった。


けれど、美談にもしていなかった。


六番目に、ピペット教授が来た。


教授は、丸めた議案紙を持っていた。


紙の端には、いくつもの小さな仮止めがある。直せば一枚の提案書になるのだろう。けれど、仮止めはあえて少しずつずらされていて、紙は巻物にも冊子にもなりきっていない。


「完成案ではありません」


教授は、入ってくるなり言った。


「完成案に見えるものです」


ミャオリンが耳を動かした。


「それは、なかなか危ないにゃ」


「ええ。危ないので、冷ましてから置きます」


教授は、鉄の台の上へ議案紙を置かなかった。


まず、台の横に冷まし皿を置いた。


その皿のさらに外側へ、丸めた紙を寝かせる。


紙はすぐ開けそうだった。


けれど、開かれないまま横になった。


七番目に、ミャオリンが自分の場所へ行くかと思った。


けれど、ミャオリンは入口の近くにいたままだった。


「ネオンシャ代表は、もうここにいるにゃ」


そう言って、彼女は半透明の台を見た。


「でも、そこへ行くと、送る係に見えるにゃ」


「行かないのですか」


僕が聞くと、ミャオリンはしっぽを小さく揺らした。


「あとで行くにゃ。今は、送らない手を入口に残すにゃ」


彼女は、小さな未送信紙を台へ向けて投げなかった。


代わりに、紙を自分の足元へ伏せた。


半透明の台には、まだ何も乗っていない。


空いている。


けれど、欠けてはいなかった。


七人が来た。


七つの大陸の手元が来た。


それでも、七つの席はまだ席ではなかった。


代表札は、台の下に伏せられていた。


七枚ある。


見れば分かる。


けれど、誰も取らなかった。


札には、それぞれの大陸名を書く余白があるのだろう。


リリウムが森を置き、バドゥが滝を置き、ネフェルが星を置き、リンドが月光を置き、ガーネルが黄昏駅を置き、教授が歯車街を置き、ミャオリンがネオン雨を置く。


そう書けば、分かりやすい。


分かりやすくなると、誰が何を代表しているかも見えやすくなる。


見えやすくなると、代表の言葉が大陸の言葉に見える。


大陸の言葉に見えると、言い直す余地が狭くなる。


「札を伏せたままでも、ここにいることは分かります」


リリウムが言った。


湿った石の前に立つ彼女は、森そのものではない。


森から来た人だ。


森の声を全部持っているわけではない。


でも、森の湿りを失わないように、ここに立っている。


バドゥも、浅い水皿の横でうなずいた。


「水路を全部持ってきたわけではありません」


「星空もです」


ネフェルは星砂袋を開かない。


「袋にある砂は、星の全部ではありません」


リンドは、法布の端を見た。


「法布は、法そのものではない」


ガーネルは切符布に手を置く。


「駅の待ち時間を、私が全部語ることはできません」


教授は、冷まし皿から少し離れた議案紙を見た。


「研究棟の試行錯誤も、私一人の紙には入りません」


ミャオリンは、伏せた未送信紙を爪先で少しだけ押さえた。


「ネオンシャの速さも、ミャオリンだけの速さじゃないにゃ」


七人が、自分の大陸を小さくした。


小さくしたのに、弱くはならなかった。


大きすぎる代表札を持たないことで、それぞれの手元が見えやすくなった。


代表ではなくなるのではない。


代表という札に、手元を飲み込ませない。


僕は、伏せられた代表札の端を見た。


一枚だけ、少し反っている。


反った角は、起こせばすぐ裏返る。


裏返せば、書ける。


書けば、安心する。


「札を伏せているのに、札があることは見えている」


僕が言うと、ククルーはうなずいた。


「あるものを隠しているわけじゃないね」


「使わないことを、見えるようにしている」


「うん。使えるけれど、今は使わない。そういう道具が多い場所だね」


ククルーの声は、道具を褒める声ではなかった。


道具が多いことを正解にする声でもなかった。


ただ、使えるものがあると使いたくなる、その小さな動きを一緒に見ていた。


僕は、自分の足元にある床の境目を見た。


床も、代表札に似ている。


どの大陸に近いかを示せる。


でも、示さないまま踏むこともできる。


踏んだ瞬間に所属が決まるわけではない。


立つ場所は、立場と同じではない。


そのことを忘れると、会議場はすぐに硬くなる。


リンドが、伏せられた札を一枚だけ少し遠ざけた。


「札の距離も、法の距離です」


「水皿からも遠ざけます」


バドゥが言った。


「濡れると、文字を書いたように跡が出るかもしれません」


ネフェルは、星砂袋を札の上に置かない。


「砂が落ちれば、最初の点になります」


ガーネルは、切符布の端を札へ向けなかった。


「切符のように切ってしまうと、乗る場所ができます」


教授は、札の角度を測りかけてやめた。


「そろえると、準備完了に見えます」


ミャオリンは、未送信紙を伏せたまま言った。


「写真に撮ると、会議が始まったみたいに見えるにゃ」


誰も笑わなかった。


でも、少しだけ息が緩んだ。


始まったみたいに見える。


それは、この会議場で何度も近づいてくる危うさだった。


始まったように見える。


進んだように見える。


決まったように見える。


集まっただけで、もう何かができたように見える。


七人は、集まった。


でも、まだ席についていない。


代表札も伏せたままだ。


それでも、何も起きていないわけではない。


起きる前に、起きそうな形を見ている。


「座らないと、会議が始まらないように見えるね」


ククルーが言った。


「始めたくなるね」


僕は正直に答えた。


「始めたい手も、ここに来ているね」


ククルーは、僕の浅い連絡袋を見た。


空白輪札は入口の受付に置いてきた。


けれど、置いた跡は袋の外側にある。


置いたから軽くなったのではない。


置いたことが、持ち方に残っている。


リリウムが、湿った石の前に座らず立ったまま言った。


「最初の議題を決める前に、最初に座りたくなった手を見てもいいでしょうか」


誰もすぐ答えなかった。


答えれば、それが最初の発言になる。


最初の発言になれば、会議はそこから始まったことになる。


バドゥは水皿を見た。


ネフェルは星砂袋の口を押さえた。


リンドは法布の影を確かめた。


ガーネルは遅れの布を踏まないよう、足を半歩引いた。


教授は未完成議案を開きかけた手を止めた。


ミャオリンは伏せた未送信紙を指で押さえた。


ククルーは、鈴のない首元へ触れなかった。


僕は、七つの低い影の中央を見た。


中央には、何もなかった。


何もないのに、そこへ何かを置きたくなる。


議題。


順番。


代表札。


合意のための言葉。


どれも置けば便利になる。


便利になると、始めやすくなる。


始めやすくなると、始まる前に止まっていた手は見えにくくなる。


「始めたくなった手を、中央へ置かないほうがいい気がします」


僕は言った。


声は大きくなかった。


議場の音に勝つ声ではない。


でも、七つの低い影には届いた。


「では、どこへ」


リンドが尋ねた。


責める声ではなかった。


正しい置き場を急がせないように、わざと少し低くした声だった。


僕は、入口から持ってきた手前札を思い出した。


名前を書く欄ではなく、名前を書かない場所を示す線。


「中央へ置く前の外側へ」


言ってから、僕は床を見た。


中央の外側。


それは、すぐには分からない場所だった。


円になっていない七つの影の、どこが外側なのか。


そもそも、まだ円ではない。


円ではないものの外側を作るには、まず輪に見えすぎる手を止めなければならない。


ネフェルが、星砂袋を少し横へ動かした。


「数えないまま外側を作るなら、星砂は目印にしません」


リンドが、法布の端を少し折った。


「照らして外側を決めることもしない」


バドゥが、水皿の位置を変えずに言った。


「流れで外へ押すこともしない」


ガーネルが、遅れの布の横を見た。


「遅れた場所を外側にするのも違います」


教授は、冷まし皿を軽く回した。


「仮説で外側を定義すると、すぐ試したくなりますね」


ミャオリンは、未送信紙を伏せたまま笑った。


「送らない外側、という見出しも強すぎるにゃ」


リリウムは、湿った石を指で押さえなかった。


「では、外側と呼ぶ前の隙間を作りましょう」


その言葉で、誰も動かなかった。


動かないまま、少しずつ足元だけが変わった。


リリウムの湿った石と、バドゥの流れない水皿の間に、誰も立たない場所ができる。


水皿と星砂袋の間に、こぼれたら混ざりそうで混ざらない距離ができる。


星砂袋と法布の間に、数えたい目と照らしたい目が重ならない隙間ができる。


法布と遅れの布の間に、正しさが遅れを押し出さない低さができる。


遅れの布と冷まし皿の間に、待つことと試すことが一つの美談にならない間ができる。


冷まし皿と未送信紙の間に、案をすぐ広めない沈黙ができる。


未送信紙と湿った石の間に、まだ送られない感覚が戻ってくる隙間ができる。


七つは輪に見えた。


けれど、輪だと言うには、隙間が多かった。


「席になる前の影が、少し見えたね」


ククルーが言った。


「うん」


僕はうなずいた。


会議は、まだ始まっていない。


でも、始まらないまま止まっているのでもない。


七つの大陸が同じ場に来た。


同じ場に来ても、同じ速度で座らなくていい。


同じ言葉で始めなくてもいい。


それを、席になる前の影が教えていた。


入口のほうで、受付係の書き具が小さく揺れた。


書きたい手がある。


記録したい手も、もう来ている。


けれど、書き具はまだ紙へ触れなかった。


第一の議題は、まだない。


第一の席も、まだない。


ただ、七つの手元と、七つに見えすぎない隙間がある。


その隙間の中で、空白輪札は受付の外側に置かれたまま、まだ輪になっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。