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クイズクロニクル  作者: pj.masta


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砂漠の薬草市 第2章 星読みの値札

ネフェルは、星砂帳を開かなかった。


開けば、周りの人はそこに答えがあると思う。星の位置、穴のふさがり、乾いた葉札の置き方。どれかを読み、どれかへ印をつけ、どれかの棚を止める。星読みが帳を開く姿には、それだけの力がある。


だから、ネフェルは閉じた帳を胸の前に持ち、星砂棚の前へ低い砂皿を出した。


「まず、札を皿へ下ろします」


「値札を外すのか」


商人の一人が言った。声は強い。だが、強さの奥に、困っている手が見えた。値札が外れれば売れない。売れなければ、待っている人へ持ち帰れない。持ち帰れないと、商人の手も空になる。


ネフェルは、商人を責めなかった。


「外すのではありません。高いところから下ろします」


星読み札は、棚の上に掛けられていた。光が穴を通り、砂皿へ点を落とす。点が見えれば、商人は棚の向きや値段の高さを決めやすい。客も、星の点があるものを選びやすい。選びやすさは、悪いものではない。


けれど、今は選びやすさが速すぎた。


ネフェルは、穴のふさがった札を棚から外し、砂皿の縁へ寝かせた。立っていた札が横になると、穴から落ちていた光は消えた。ふさがった穴も、星の欠けではなく、ただ布でふさがれた小さな丸に見える。


「光が消えた」


客の一人が言った。


「消しました」


ネフェルは隠さなかった。


「見えないようにするためではありません。見えたことだけで決めないためです」


セナリは、空の見出し欄を外へ出した。


「星読み、値札を消す」


書けば、速い。


書かないまま、欄の端を砂へ触れさせる。砂が欄の白さへ薄く付き、言葉になる前のざらつきだけが残った。


旅人は、淡い記録紙を砂皿の端へ置いたまま、乾いた葉札を見た。登録印のない葉札は、誰かの秘密のようにも見える。間違って混じったもののようにも見える。珍しいものとして値が上がりそうにも見える。どの見方も、手を速くする。


「この葉札は、売り物ですか」


旅人が聞くと、ネフェルは首を振った。


「まだ、売り物ではありません」


「薬草ですか」


「それも、まだです」


「では、何ですか」


ネフェルは、乾いた葉札の横へ、空の値札を一枚置いた。


「名前を置く前の、乾いた記録です」


市場の声が、また揺れた。


名前を置く前、と言われると、名前を置きたくなる。記録と言われると、何の記録か知りたくなる。乾いた、と言われると、もとは湿っていたのかと聞きたくなる。


ククルーの鈴は、やはり鳴らなかった。


ククルーは、葉札へ近づきすぎず、砂皿の外側から見ている。


「乾いた記録は、読みやすいね」


ネフェルは、ククルーを見た。


「読みやすくなった分、落ちたものがあるね」


「湿りですか」


「湿り、手の熱、使われた場所の匂い、待っていた人の声。乾くと、運びやすくなるね。けれど、運びやすくなったものは、市場で先に値段の顔をするんだ」


商人が、星砂帳を見た。


「なら、帳で分かる範囲だけでも」


ネフェルは、帳を開かなかった。


「分かる範囲だけを先に出すと、分からない場所が売れ残りのように見えます」


「売れ残り」


商人は、その言葉に顔をしかめた。商人にとって、売れ残りは軽い言葉ではない。だが、ネフェルは商人の仕事を責めているのではなかった。値をつけられるものと、まだ値をつけられないものが同じ棚にある時、値のないものが劣ったものに見えやすい。その危うさを見ていた。


ネフェルは、星砂帳の上へ小さな布を掛けた。


布には、七つの丸が刺繍されている。すべての丸が同じ大きさではない。大きい丸、小さい丸、少しずれた丸、糸が途切れた丸。それぞれが星のように見えるが、星図そのものではない。


「これは測る前布です」


「星を隠す布ですか」


セナリが聞いた。


「星を隠すのではなく、星へ行く前に手を置く布です」


ネフェルは、布の上へ指を一本置いた。


「星読みは、測れるものを大切にします。だからこそ、測る前に何を失いそうかを見ます」


旅人は、砂皿の上のふさがった穴を見た。


穴は、星の欠けではない。値札の間違いでもない。未登録の葉札を照らすための印でもない。まだ、何になるか決められていない穴だった。


「この穴を、直しますか」


旅人が聞くと、ネフェルは少しだけ首を傾けた。


「直したくなる手はあります」


「直さないのですか」


「直すと、穴はまた光を落とします。光が落ちれば、みんながそれを見ます。今は、ふさがっている穴の周りを見る時間が要ります」


ミナモは、棚の下から湿り布を一枚出した。ヴェルデガイアの水路で使う布より薄く、市場用に乾きやすくしてある。それでも、砂に置くと、布の周りだけ色が少し濃くなった。


「葉札の下に敷きますか」


ネフェルは、すぐには答えなかった。


「敷くと、薬草の棚へ近づきます」


「近づけないほうがいいですか」


「近づけたい手はあります。でも、近づける前に、星読みの棚で何が起きたかを見ます」


ミナモはうなずき、湿り布を葉札の下ではなく、砂皿の外へ置いた。


湿り布が外にあるだけで、葉札は少し違って見えた。乾ききっているようにも、湿りを待っているようにも見える。だが、まだ触れていない。触れていないから、薬草としての顔を持ちすぎない。


客たちは、少しずつ声を落とした。


「では、今日は買えないのか」


「買えるものはあります」


ミナモが答えた。


「けれど、この葉札を買う前に、どこで使われたものかを聞きます」


「誰に」


その問いに、答える人はいなかった。


誰に聞けばよいか分からない。それが、未登録の葉札の怖さだった。登録印がないから、持ち主がいないように見える。持ち主がいないように見えると、最初に見つけた人のものにしたくなる。市場では、それが値段になりやすい。


ネフェルは、星砂帳を閉じたまま、砂皿の周りへ小さな石を三つ置いた。


一つは、測りたい手の石。


一つは、売りたい手の石。


一つは、持って帰りたい手の石。


「三つとも、あります」


ネフェルは言った。


「測りたい手だけが悪いのではありません。売りたい手だけが速いのでもありません。持って帰りたい手も、焦ります」


商人は、売りたい手の石を見ていた。


客は、持って帰りたい手の石を見ていた。


セナリは、測りたい手の石と空の見出し欄を見比べた。


「書きたい手の石は、ありませんか」


ネフェルは、セナリを見た。


「あります。けれど、それはあなたが持っています」


セナリは、鞄の外の空欄を見た。


「持っているなら、置いたほうがいいですか」


「置く前に、持っていることを見ます」


ネフェルの言葉は、静かだった。静かだが、広場の端まで届いた。星読みの声は、大きくないのに、乾いた場所でよく通る。通るからこそ、ネフェルは言葉を短くしすぎない。


旅人は、淡い記録紙の上に落ちた穴の影を見た。


影は、少し薄くなっていた。砂の光が変わったのだろう。だが、薄くなったからといって、問題が消えたわけではない。未登録の葉札は、まだ乾いたまま砂皿の上にある。


その時、市場の外側から、水の音がした。


砂皿市では、水の音は目立つ。


強い流れではない。瓶の中で水が揺れる音だ。けれど、乾いた声の中に入ると、その小さな音だけで人々の視線が動いた。


ミナモが顔を上げた。


「水路瓶です」


「ヴェルデガイアから?」


旅人が聞くと、ミナモはうなずいた。


「この市場では、星読み札だけでなく、水路の記録も見ます。けれど、今日はまだ届いていないはずでした」


水の音が、もう一度した。


砂屋根の向こうから、大きな腕が水路瓶を抱えて現れた。


バドゥだった。


### 序盤増補3 星を値札にしない指


バドゥの姿が見える前に、ネフェルは星読み札をもう一度見た。


穴のふさがった札は、砂皿の縁に寝かされている。立っていた時より低い。低いが、低くしただけで安心できるわけではない。低く置かれたものも、人はのぞき込む。のぞき込めば、また意味が立つ。


ネフェルは、指先を札の穴へ近づけた。


触れない。


ふさがった穴の縁に、触れる前の影だけが落ちた。


「触らないのですか」


旅人が聞いた。


「触ると、確かめた手になります」


「確かめてはいけないのですか」


「確かめる日もあります。今日は、確かめたくなった指を先に見ます」


ネフェルは、指を引いた。


星読みの指は、細く乾いていた。砂に慣れた指だった。星砂をすくい、札の穴を整え、帳の端を押さえる指。市場の人々は、その指が動くと、何かが読まれたと思う。


「指まで、値札になります」


ネフェルは言った。


セナリは、空の見出し欄を見た。


「筆も同じです」


「はい」


ネフェルは、セナリの筆先を見た。


「筆が紙へ近づくと、書かれていなくても、書かれるものがあると思われます」


セナリは、筆を少し遠ざけた。


「遠ざけると、書かないと決めたように見えます」


「だから、持ち方を変えます」


ネフェルは、星読み札の端をつままず、手のひらの上に乗せた。札は不安定だ。つまめば動かしやすい。手のひらに乗せれば、動かしにくい。動かしにくいぶん、札の向きが決まりにくい。


商人が、その手元を見ていた。


「それでは棚に戻せない」


「戻す前です」


「売れない」


「売る前です」


「客が困る」


「困る前の手も、ここにあります」


ネフェルは、三つの石のそばに、もう一つ小さな砂粒を置いた。石ではない。粒だった。風で動きそうなほど軽い。


「これは何ですか」


旅人が聞いた。


「決めたくなる指です」


「石ではないのですね」


「石にすると、強すぎます」


砂粒は、皿の縁でかすかに光った。星砂ではない。ただの砂だ。だが、星読みの手が置いたせいで、星砂のように見えかける。


ネフェルは、それをすぐ指摘した。


「今の粒は、星砂ではありません」


客たちが少し笑った。


笑いは軽い。だが、軽い笑いも、誰かを外へ押すことがある。ネフェルは笑いを広げなかった。


「ただの砂でも、星読みの手から落ちると星に見えます。だから、先に言います」


市場の笑いは、そこで低くなった。


旅人は、入口で片側に残した砂を思い出した。足元の砂も、場所が変われば意味が変わる。星読みの指から落ちた砂は星に見える。旅人の靴から落ちた砂は外から来た印に見える。商人の棚から落ちた砂は値段の跡に見えるかもしれない。


「場所が、読み方を変えるのですね」


「はい」


ネフェルは答えた。


「だから、星だけで読まないようにします」


その時、水の音が近づいた。


瓶の中で細い線が揺れる音。星ではない音。値札ではない音。だが、乾いた市場では、その音もまた答えにされやすい。


ネフェルは、星読み札を手のひらの上に乗せたまま、音のするほうを見た。


「水も、来た瞬間に読まれます」


「読まないようにできますか」


旅人が聞くと、ネフェルは少し考えた。


「読まない、ではなく、読み始めを遅くします」


バドゥの影が砂屋根の向こうに見えた。


市場の人々は、水路瓶へ目を向けた。期待が動く。星読み札から水路瓶へ、意味の場所が移ろうとしている。


ネフェルは、手のひらの札を低い皿へ戻した。


つままず、落とさず、ただ手を低くして、札が皿へ触れるのを待った。


札は、小さな音を立てて砂に触れた。


その音が、水の音より先に市場へ届いた。


星を値札にしない指。


水を答えにしない耳。


その二つが、バドゥが入ってくる前の砂皿市に、短い遅さを作った。


### 序盤補強増補10 伏せたかごの内側


水の音へ目が向く前に、ミナモは棚の下のかごを一つ起こした。


伏せられていたかごの内側には、細い砂が残っていた。


外から見れば、ただの空のかごだ。けれど、内側を見ると、前に何かを入れようとした手の跡がある。砂は底の中央ではなく、持ち手に近い片側へ寄っていた。誰かが急いで置き、すぐ持ち上げようとして、途中でやめたような偏りだった。


「空なのに、跡があります」


セナリが言った。


「空だから、跡が見えます」


ミナモは、かごの底を払わなかった。


払えば、きれいな空になる。


きれいな空は、使いやすい。


使いやすい空は、すぐ何かを入れたくなる。


旅人は、かごの内側を見た。買う前のかごは、外から見れば同じ形に見える。だが、内側の砂は一つずつ違う。戸口へ向いていたかご、棚へ近づきすぎたかご、手から離れきらなかったかご。それぞれの底に、違う偏りがある。


ネフェルは、星砂帳をかごの上へかざさなかった。


「底の砂を星にすると、持ち帰る方角に見えます」


「見えますか」


「見ようとすれば、見えます。だから、見ません」


バドゥの水の音は、まだ近づいている。


音へ行けば、かごの底は忘れられる。


ミナモは、かごをもう一度伏せた。


完全には伏せない。縁の片側だけを少し浮かせ、内側の砂が見えすぎないように、見えなさすぎないようにした。


「伏せるのですか」


客が聞いた。


「伏せます。でも、なかったことにはしません」


ククルーは、かごの浮いた縁を見て言った。


「少しだけ見える内側は、急がせないね」


「全部見せると」


「説明になるね。全部隠すと、秘密に見える」


旅人は、かごの浮いた縁の影を見た。


買う前の手は、空の中にも残る。


水が来る前に、そのことを一度見ておく必要があった。


### 序盤補強増補11 測る前布の置きそこね


ネフェルの測る前布は、星読み札のそばにあった。


だが、布は少しずれていた。


札の下でも、砂皿の中央でもない。皿の縁から指二本分離れた場所で、七つの丸い刺繍の一つだけが砂をかぶっている。


「ずれています」


商人が言った。


「はい」


ネフェルは直さなかった。


「直さないのですか」


「直すと、測る前が整います」


「整っていたほうが、測りやすい」


「測りやすいです。だから、今は置きそこねも見ます」


置きそこね。


その言葉は、市場の人々を少し困らせた。


市場では、置きそこねたものは直される。札は棚へ戻され、布は皿へ合わせられ、かごは列へ並べられる。整っているほうが、買う人にも売る人にも分かりやすい。


だが、測る前布が少しずれていると、星読み札へ向かう目が一拍止まる。


「布がずれていると、不安になります」


客の一人が言った。


ネフェルはうなずいた。


「不安になります」


「それでいいのですか」


「不安をなくすために測ると、測る前の不安が見えなくなります」


セナリは、空の見出し欄を見た。


「測る前布、ずれたまま。書きやすいです」


「書くと、ずれが見出しになります」


旅人が言うと、セナリは欄を閉じなかった。開いたまま、筆を置いた。


「見出しにせず、置きそこねとして見ます」


ミナモは、湿り布を測る前布へ近づけなかった。


「湿りで押さえれば、布は動きにくくなります」


「押さえませんか」


「押さえると、ずれがなくなります」


ククルーは、薬袋の結び目を少し見た。


「結び目も、きれいに直せるね」


「直さないのですね」


「今日は、直したくなる手を見ているんだ」


測る前布は、ずれたまま置かれた。


星読み札も、まだ低い。


水の音は近い。


市場の目は、水へ行きたがっている。だが、ずれた布が一拍だけ、その目を皿の縁へ戻した。


測る前に、置きそこねを見る。


その小さな遅さが、星読み札から水路瓶へ意味が飛び移る前の、細い足場になった。


### 序盤補強増補12 水の音を受ける前の耳


バドゥの水路瓶は、まだ姿を見せていない。


それでも、水の音だけは市場へ入ってきた。


乾いた声の間で、ちゃぷん、と小さく鳴る。強い音ではない。けれど、砂皿市では水の音はよく通る。人々の首が、ほとんど同時に音の方へ向きかけた。


旅人も、向きかけた。


その時、ククルーが鈴を鳴らさず、耳だけを少し動かした。


「音を聞く前に、耳が動いたね」


「聞いたから動いたのでは」


「そう見えるね。でも、待っていた耳も動くよ」


待っていた耳。


市場の人々は、その言葉に少しだけ止まった。


水を待っていた人がいる。


水で説明できることを待っていた人がいる。


水が来れば、星読み札の穴も、乾いた葉札も、空のかごも、測る前布のずれも、まとめて分かるのではないかと思っていた人がいる。


バドゥはまだ来ていないのに、耳だけが先に水へ行っていた。


ネフェルは、星砂帳を胸の前で抱え直した。


「星を待つ目もあります」


ミナモは、伏せたかごの縁を見た。


「薬草灯を待つ手もあります」


セナリは、空の見出し欄を押さえた。


「知らせを待つ筆もあります」


旅人は、自分の浅い連絡袋を見た。


遅らせた信号の余白が外側にある。知らせる前に、知らせたくなった手を見るための余白だった。ここでは、水の音を受ける前に、聞きたくなった耳を見る必要がある。


「耳を置く場所はありますか」


旅人が聞くと、ククルーは少し考えた。


「耳は置きにくいね」


「では」


「聞いたことにする前の沈黙を置こう」


ククルーは、砂皿の外側に小さな空きを作った。


石も置かない。


布も置かない。


札も置かない。


ただ、誰も一歩踏み込まない場所を、皿の外側に残した。


「ここだね」


ククルーが言った。


「何もありません」


「うん。水の音を受ける前の耳は、何もない場所で少し休むんだ」


水の音が、もう一度近づいた。


今度は、人々の首が一斉には動かなかった。


動きたい首はある。


聞きたい耳もある。


けれど、伏せたかごの内側、ずれた測る前布、皿の外側の空きが、市場の耳をほんの少し遅くした。


その遅さの中へ、バドゥの影が入ってきた。

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