↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
235/317

砂漠の薬草市 プロローグ 乾いた入口の四つの外側

ネオン雨の音は、門を越えると少しずつ細くなった。


雨が止んだわけではない。旅人たちの背中には、まだネオンシャの明るい粒が付いている。浅い連絡袋の外側にも、銀葉の小片、反応を数えなかった淡い記録紙、遅らせた信号の余白、読まれ方をひとつにしなかった月光タグが、弱く留められていた。四つは雨粒を受けるたびに違う色を返したが、砂の風が近づくにつれ、その色は少しずつ乾いていった。


乾くと、軽くなる。


軽くなると、持ちやすくなる。


持ちやすくなると、説明したくなる。


旅人は、袋の外側へ手を伸ばしかけて、止めた。銀葉の小片を内側へしまえば、砂で傷まない。淡い記録紙を重ねれば、角が折れない。遅い信号の余白を結べば、落ちない。月光タグを布の奥へ入れれば、風でめくれない。


どれも、守るための手だった。


だが、守るためにしまった瞬間、四つは荷物になる。荷物になると、次の場所で取り出しやすくなる。取り出しやすくなると、前の街で学んだことを、次の街への答えとして見せたくなる。


「しまわないにゃ」


ミャオリンの声が、後ろから届いた。


ミャオリンはネオンシャの門の内側に残るはずだった。けれど、今は境目の影にいる。見送りではない。情報屋のしっぽの先だけが、門と砂のあいだに残っているようだった。


「ここから先は、乾くにゃ。乾くと、持ち物は整理しやすくなるにゃ」


旅人はうなずいた。


「整理しやすいものは、説明しやすい」


「そうにゃ」


ククルーは、浅い連絡袋の外側を見た。


鈴は鳴らない。


ネオンシャで何度も鳴らなかった鈴は、砂の風の中でも鳴らなかった。ただ、鈴の縁に付いていた雨粒が乾き、小さな白い跡になる。その跡は、音ではない。だが、音が出る前に残ったもののように見えた。


「乾くと、残った跡が見えるね」


「跡があると、読みたくなります」


旅人が言うと、ククルーは目を細めた。


「読みたい手は、悪くないよ。でも、砂漠では読みやすい跡ほど、早く売られるね」


「売られる」


「知っていること、効いたこと、測れたこと、誰かが安心したこと。乾いた場所では、そういうものが軽くなるね。軽いものは、市場へ運びやすいんだ」


門の外に、低い風が吹いた。


風は水の匂いをほとんど持っていない。かわりに、乾いた草、熱を持った石、遠くで鳴る鈴ではない金具の音を運んでくる。足元の砂には、細い水の線が一本だけ残っていた。ネオン雨の最後の粒が、砂へ落ちる前に少し流れた跡だ。


その線は、すぐ消えた。


消えたあとも、旅人はそこを見ていた。


「水の線、持っていけませんね」


「持っていくと、水路になるからね」


ククルーは、穏やかに言った。


「水路ではなく、線が消えた場所として覚えておこう」


セナリは、配信鞄の外に差した空の見出し欄を押さえていた。ネオンシャからここまで同行するのは、取材のためではない。砂漠へ入る前に、書きたくなった言葉をどう扱うか、もう少し見るためだ。空欄は、砂の風を受けて乾いた音を立てている。


「砂漠の薬草市、という見出しは強いです」


セナリが言った。


「強いにゃ」


ミャオリンは門の影から答えた。


「砂漠、薬草、市。三つとも、すぐ分かった気になります」


「分かった気になる言葉から入ると、足が速くなるにゃ」


セナリは、空欄へ何も書かなかった。


かわりに、空欄を鞄の外へ少し出した。ネオン雨の中で覚えたやり方だった。書きたくなった言葉を、中へしまわず、外へ出す。外へ出すと、手が落ち着かない。落ち着かないから、書いて終わりにしたくなる。その手を見る。


砂の風は、空欄を少しだけ白くした。


遠くに、市場の布屋根が見えてきた。


アルカディアの砂皿を並べた露店と、ヴェルデガイアから運ばれた湿り布の棚が、同じ広場にある。薬草灯の小さな光が、風に揺れるたびに星砂の粒へ反射し、星砂の粒がまた別の棚の葉へ戻る。光だけを見れば美しい。だが、光の下では、人の声が少し高くなっていた。


「どの灯が効いたんだ」


「星読みの値札はまだか」


「登録されていない葉を売っている棚があるらしい」


「早く知らせてくれ。家で待っている人がいる」


声は、砂の上でよく通った。


ネオンシャの見出し灯ほど速くはない。けれど、乾いた声は軽い。軽い声は、遠くまで転がる。転がった声は、別の棚へ届くころには少し形を変える。薬草灯の話が、効いた灯の話になり、効いた灯の話が、買えば安心できる灯の話へ近づいていく。


旅人は、浅い連絡袋の外側をもう一度見た。


銀葉の小片は、ここでは銀葉の話ではなくなるかもしれない。


反応を数えなかった淡い記録紙は、ここでは評判を数えない紙になるかもしれない。


遅らせた信号の余白は、ここでは売る前に待つ余白になるかもしれない。


月光タグは、ここでは正しい棚の印に見えてしまうかもしれない。


同じものが、別の場所で別の顔をする。


だから、すぐ使わない。


旅人は、四つの持ち物を強く握らなかった。砂の風に少し揺らせたまま、市場の入口へ向かった。


ミャオリンは、門の影からそれを見ていた。


「ここから先は、別の情報屋がいるにゃ」


「来ないのですか」


セナリが聞いた。


「ネオンシャの手で全部読むと、また速すぎるにゃ」


ミャオリンの声は、少し遠くなった。


「市場には、市場の遅さがあるにゃ」


砂の風が吹き、門の影が薄くなる。


ミャオリンの姿は見えなくなった。だが、言葉は残った。市場には、市場の遅さがある。旅人は、その遅さをまだ知らない。知らないまま、砂皿市の入口で足を止めた。


入口には、小さな札が立っていた。


買う前に、使われた場所を聞く。


札の字は、少し古い。誰かが今日あわてて立てたものではない。けれど、その前には人が集まっている。読んでいる人もいる。読まずに通り過ぎる人もいる。立ち止まっているが、急いでいる人もいる。


ククルーは、札の前で座った。


「まず、ここだね」


旅人も、札の前で足を止めた。


砂漠の薬草市は、薬草の棚からではなく、買う前の札から始まった。


### 序盤増補1 入口の砂を払わない手


札の前には、砂を払うための小さな刷毛が置かれていた。


市場へ入る人は、靴の砂を払う。袋の砂を払う。遠くから来たものを市場へ持ち込まないための作法に見える。だが、刷毛のそばには、もう一つ小さな木札があった。


全部は払わない。


旅人は、その木札を見た。


全部払えば、外から来たことを消せる。消せば、市場の中では歩きやすい。けれど、どこから来たかを消しすぎると、持ち物がなぜ外側に留められているのかも見えなくなる。


ククルーは、浅い連絡袋の底を前足で軽く押さえた。


「砂を払う手も、速くなるね」


「汚れを落とす手です」


旅人が言うと、ククルーは首を傾けた。


「落とすものを決める手でもあるね」


銀葉の小片には、砂はついていない。淡い記録紙にも、遅い信号の余白にも、月光タグにも、砂はついていない。だが、砂漠の入口に立つと、それらも少し乾いて見えた。乾いて見えると、市場の道具に見えてしまう。


セナリは、鞄の外に差した空の見出し欄を押さえた。


「入口で書くと、入り方が決まります」


ミャオリンは、門の影の奥でひげを揺らした。


「入り方の記事は、便利にゃ」


「便利なら、なぜ書かないのかな」


「便利すぎる入口は、出口まで決めるにゃ」


その声は軽いが、砂には残った。


旅人は、刷毛を手に取った。


靴の砂を全部払うことはできる。袋の外側を払うこともできる。月光タグの端に触れれば、タグは朝の光を受けて小さく光るだろう。


旅人は、靴の片側だけを軽く払った。


もう片側には、砂を少し残した。


「歩きにくくありませんか」


セナリが聞いた。


「少し歩きにくいです」


「それでいいのですか」


「市場へ合わせすぎないために」


言ってから、旅人は足元を見た。言葉が整いすぎると、作法になる。作法になると、次に来る人が片側だけ砂を残せばよいと思うかもしれない。


「今は、です」


旅人は付け足した。


「今の足には、これくらいです」


ククルーは、うれしそうにはしなかった。ただ、砂の残った靴と、払われた靴を見比べた。


「片方ずつ違うと、歩くたびに分かるね」


入口の木札は、風で少し揺れた。


全部は払わない。


その言葉もまた、全部残すという意味ではない。外の砂を市場へ押しつけない。市場の砂で外の道を消さない。その間に立つための、まだ固まっていない作法だった。


旅人は、浅い連絡袋を肩にかけ直した。


袋の中身は変わらない。だが、袋の重さは少し違って感じられた。砂を少し残した足が、その重さを歩くたびに知らせるからだった。


薬草市へ入る前に、旅人はもう一度札を見た。


買う前に、使われた場所を聞く。


その前に、払う前に、何を残すかを見る。


砂皿市の入口は、そういう低い場所として、旅人の足元に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。