↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
154/317

第12巻 飛空艇と仮説の空 第10章 着陸前の問い棚

飛空艇はまだ、どこかへ着陸するわけではなかった。


桟橋の上で低く浮き、低く戻る。それを繰り返してきただけだ。けれど、着陸前という言葉は、もう桟橋に来ていた。


終わりが近いわけではない。


まとめる手が近づいている。


シオンは、低い台の横に新しい棚を置いた。昨日の読み直し台より少し広く、雲の仮説棚より低い。棚板は三つある。


上の段には `持ち帰る問い`。


中の段には `置いていく問い`。


下の段には `帰って聞く問い`。


ネジリは、棚の前で手を止めた。


「全部、持ち帰りたいです」


「言いたくなります」


シオンは答えた。


「飛空艇に乗ると、全部を荷物にできる気がします」


ククルーが、空へ持っていかない言葉の袋を見た。


「袋も、全部は入らないよ」


「入れようとすれば」


ネジリが言いかける。


「袋が、袋でなくなるよ」


ククルーはまじめな顔で言った。


教授は、問い棚の前に荷物札を並べた。


`持ち帰りたい`


`今ここに置きたい`


`帰って聞きたい`


`まだ問いにしない`


四枚。


教授は、四枚をただ並べず、棚の前に少し離して置いた。


「近づけすぎると、すぐ同じ荷物になります」


ネジリは、四枚の間へ指を入れた。指一本分のすき間がある。小さなすき間なのに、そこがあるだけで、札は互いに別の声を持った。


持ち帰りたい。


今ここに置きたい。


帰って聞きたい。


まだ問いにしない。


どれも、似ている。


似ているから、混ざりやすい。


「持ち帰りたいと、帰って聞きたいは、近いです」


ネジリが言った。


「はい」


シオンはうなずく。


「持ち帰ると、帰って聞ける気がします。でも、持ち帰ったことで、聞く場所が消えることもあります」


「消えるんですか」


「消えたように見えます。手の中にあると、もう聞いたことにしたくなるからです」


旅人は、問いを手の中で握る感覚を思い浮かべた。


握った問いは、安心する。


なくしていないと思える。


けれど、握ったままでは、相手の前へ置けない。棚へ戻せない。光へかざせない。握った手の中で、問いは少しずつ形を変え、答えのような温度を持ち始める。


ククルーが、旅人の手元を見た。


「握るのは悪いことじゃないよ」


「はい」


旅人はうなずいた。


「でも、握ったまま聞くと、聞く前から返事を持っているみたいになる」


「その見え方、ちゃんと置けているね」


ククルーはそう言って、問い棚の横へ自分の小さな影を置いた。影は、灯りの角度で棚の足にかかったり、床へ逃げたりする。ククルーはそれを追わず、ただ見ていた。


「影も、持ち帰れないからね」


ネジリは、床の影を見た。


「写せば持ち帰れるかもしれません」


「写した影は、写した影です」


シオンが言う。


「影そのものが戻る場所とは、少し違います」


その少し違う、が今日の棚には必要だった。


空用の試し布と似ている。


触れる前、そば、通ったあと、まだ置かない。


けれど、今日は問いそのものを扱う。


問いは軽いようで、重い。


言葉だけなら軽い。札にすれば薄い。けれど、持ち帰ると決めた瞬間、手の中で場所を取る。


旅人は、航路窓から遠い影を見た時のことを思い出した。


遠い影は、問いの向きになった。


連絡管の短い声。


言葉が先に着くのを待たせた。


託宣計器の揺れ。


揺れを読み方へ戻した。


どれも、持ち帰りたい。


でも、全部を同じ荷物にすると、何を聞き返すのか分からなくなる。


シオンは、問い棚の横に小さな秤を置いた。


「重さを測るのですか」


ネジリが聞く。


「測りたくなる秤です」


「またです」


「はい。問いの重さを数字にしません」


秤には、数字がなかった。皿が二つあるだけだ。片方に札を置くと、もう片方へ何も置いていないことが見える。


「問いを荷物にしすぎない秤」


教授が名前をつけた。


ネジリは、その名前を一度口の中で転がした。


「長いです」


「今日は、長い方が安全です」


昨日も、その前も聞いた言葉だ。


長さは、急がないための重りになる。


シオンは、まず `言葉が先に着くのを待たせる` 札を持ってきた。


「これは、どこへ置きますか」


ネジリは、すぐ上段を指しそうになり、止まった。


「持ち帰りたいです」


「はい」


「でも、持ち帰ると、いつも先に着く言葉を探しそうです」


「はい」


ネジリは、中段を見た。


置いていく問い。


それは捨てることではない。


ここに置いて、ここへ戻れるようにすること。


「中段へ置きたいです」


ネジリは言った。


「理由は」


教授が聞く。


「この桟橋で見た手だから。全部の旅へ持っていく前に、この桟橋で聞き返したいです」


シオンはうなずいた。


`言葉が先に着くのを待たせる` は、中段へ置かれた。


旅人は、少し驚いた。


持ち帰ると思っていた札が、置いていく問いになった。


置いていくことで、なくなるわけではない。むしろ、戻れる場所ができる。


中段に置かれた札は、桟橋の板と同じ高さに近かった。


上段ほど目立たず、下段ほど影に近くない。


そこにあると、歩いている人の視線が自然に通る。通るけれど、拾い上げなければ手元には来ない。見えすぎず、隠れすぎない位置だ。


「ここへ置くと、誰のものになりますか」


ネジリが聞いた。


教授は、少し考える。


「この桟橋のもの、でしょうか」


「それだと、置いた人の手がなくなりそうです」


ネジリの声は小さかった。


シオンが首を横に振る。


「置いた人の手は、札の端に残します」


そう言って、シオンは札の端へ細い印をつけた。名前ではない。印の持ち主を決めるものでもない。置いた時に、手がここにあったと分かるだけの印だった。


旅人は、それを見て、自分の札にも同じように端を残したいと思った。


問いを置く時、置いた人が消えてしまうと、置いたことが捨てたことに見える。


問いを持ち帰る時、持った人だけが大きく見えると、聞き返す相手が消える。


問い棚は、問いだけの棚ではない。


手の大きさを変えすぎない棚でもある。


次に、`返事を置ける連絡` の札を置く。


旅人は、それを上段へ置きたくなった。


持ち帰りたい。


遠くへ行くなら、返事を置ける連絡は必要になる。


でも、すぐ上段に置くと、どこでも使える道具のように見える。


旅人は、下段を見た。


帰って聞く問い。


「帰って聞く、に置きたい」


ククルーが顔を上げた。


「帰る場所は、ここかな」


旅人は、少し考えた。


「ここだけではない。連絡を送った相手のそばにも、帰る場所が必要だと思う」


シオンは、その言葉をすぐ札にしなかった。


少し待ってから、短く書いた。


`相手のそばの帰る場所`


それを、`返事を置ける連絡` の札と一緒に下段へ置く。


返事待ち棚の下段が、少し広くなったように見えた。


下段は、床に近い。


低いところに置くと、拾うには少しかがまなければならない。


かがむと、窓の外は見えにくくなる。遠い影も、歯車街の屋根も、色のついた灯りも視界から外れる。代わりに、棚の足、床板の継ぎ目、誰かの靴先、置き忘れた小さなねじが見える。


帰って聞く問いには、その低さが似合っていた。


遠くを見るだけでは、聞き返せない。


近くへ戻り、かがみ、相手が置いたものの高さへ目を合わせる必要がある。


「帰って聞く、は、少し低いんですね」


旅人が言うと、ククルーはうなずいた。


「高いまま聞くと、質問が上から落ちるんだ」


ネジリは、すぐ窓の外を見た。


「飛空艇から聞くと、落ちますか」


「落ちることがあるよ」


ククルーは答える。


「だから、飛空艇にも低い棚がいるんだ」


シオンは、棚の足を軽くたたいた。木の音が、桟橋の板へ短く返る。


「この音も、帰って聞く場所の一つだね」


教授は、それを札にしようとして、また手を止めた。


「今のは音のまま残しましょう」


音のまま残す。


札にしないで、床に置く。


問い棚の下段には、そういう残し方が似合っていた。


次は、託宣計器の札だった。


`揺れを読み方へ戻す`


ネジリは、その札を見て、眉を寄せた。


「これは持ち帰りたいです」


「どうして」


「どこでも揺れるものはありそうだから」


教授はうなずいた。


「よい理由です」


「でも、どこでも同じようには揺れません」


ネジリは続けた。


「だから、持ち帰る問いにして、答えにはしません」


上段へ置く。


その横に、旅人は小さく書き足した。


`答えではなく、持ち帰る問い`


ククルーが、静かに目を細める。


「持ち帰る問いとして、ここに置かれているね」


問い棚の上段に、初めて札が置かれた。


持ち帰る問い。


でも、持ち帰る答えではない。


その違いが、棚の高さを少し低くした。


ネジリは、上段の札をまぶしそうに見た。


「上にあると、えらそうに見えます」


「見えます」


シオンは否定しなかった。


「だから、上段は少なくします。上に置く問いは、目立つぶん、すぐ答えにされやすい」


「でも、見えるところに置かないと忘れそうです」


「はい。忘れそうなものを置くための上段です。えらい問いを置く段ではありません」


その言い方に、ネジリは少しほっとした顔をした。


旅人も、上段を見る目が変わった。


持ち帰る問いは、偉い問いではない。


忘れそうな問い。


次の場所まで持っていく必要がある問い。


けれど、行く先で開くまで、答えにしない問い。


旅人は、上段の端へ小さな空白を作った。


「ここは」


教授が聞く。


「持ち帰ったあと、まだ開けない場所」


「荷物の中にも、まだ開けない場所がいるのですね」


「うん。持ち帰ったからすぐ開けると、聞き返す前に読んだことになりそうだから」


ククルーは、上段の空白を見て、静かに笑った。


「旅の荷物らしくなったね」


シオンは、着陸前の灯りを一つ点けた。


青ではない。


白でもない。


少しだけ黄みのある灯りだ。降りる場所を決める灯りではなく、降りる前の荷物を見やすくする灯りに見えた。


「着陸灯ですか」


ネジリが聞く。


「着陸前灯です」


「前、が入るのですね」


「はい。前がないと、もう降りた気になります」


教授は、灯りのそばに札を置いた。


`着陸前灯`


その光で、問い棚の札が少し読みやすくなった。


読みやすくなると、まとめたくなる。


旅人は、その手を見た。


「今、全部を一つにまとめたくなりました」


シオンが、すぐ新しい札を渡す。


`まとめたくなった手`


旅人は、それを `まだ問いにしない` の札のそばへ置いた。


「問いにも、まだしないのですか」


ネジリが聞く。


「うん。まとめたい手を問いにすると、もう答えを探し始めそうだから」


教授は、ゆっくりうなずいた。


「よい置き場所です」


まだ問いにしない場所は、棚の段ではなく、棚の外側だった。


棚の外側。


それは、追い出す場所ではない。


棚に入れる前の呼吸を置く場所だ。


ネジリは、外側の札を見て言った。


「棚に入っていないと、不安です」


「分かります」


シオンは、外側に小さな布を敷いた。


薄い布だ。棚より低く、床より少しだけやわらかい。


「外側にも、置く場所を作ります」


「外側の置く場所」


ネジリは、言葉を繰り返した。


「外側があると、棚から落ちたみたいに見えません」


「はい」


教授がうなずく。


「まだ問いにしない手を、落ちたものにしないための布です」


旅人は、その布へ手を伸ばしかけて、止めた。


触れると、すぐ名前をつけたくなる。


まだ問いにしない手のための布。


それだけ分かれば、今は十分だった。


問い棚は、だんだん棚らしくなった。


持ち帰る問い。


置いていく問い。


帰って聞く問い。


まだ問いにしない手。


全部が、同じ棚の周りにある。


同じ棚にあるからといって、同じ荷物にはならない。


そこが大事だった。


ネジリは、遠景札を持ってきた。


`影があるように見えた`


「これは」


言いかけて、長く黙った。


「持ち帰ると、名前をつけたくなります」


「はい」


「置いていくと、見なかったことにしたくなります」


「はい」


「帰って聞く、ですか」


シオンは、答えずに待った。


ネジリは、影の札を下段へ置いた。


`影があるように見えた`


その横に、旅人が書いた。


`見える場所から外れた`


二枚で、帰って聞く問いになった。


どこへ帰るのか。


まだ決めない。


でも、見えた場所へ戻れるように、片方だけ持ち帰らない。


ククルーは、袋の口を少しだけ結び直した。


「次の街だ、はまだ袋だね」


ネジリはうなずいた。


「まだ袋だね」


「袋の中で、少し冷えましたか」


「少し。でも、まだ出すと走りそうです」


「では、よく冷えています」


ネジリは笑った。


笑いは、着陸前灯の中で小さく明るくなった。


その笑いのあと、しばらく誰も札を動かさなかった。


動かさない時間があると、棚はただの道具ではなくなる。


置いたものの間に、息が通る。


上段の持ち帰る問いが、目立ちすぎないように少し影を持つ。中段の置いていく問いが、捨てられたものに見えないように端の印を持つ。下段の帰って聞く問いが、低いまま暗くならないように着陸前灯の光を受ける。外側のまだ問いにしない手が、落ちたものに見えないように薄い布を持つ。


旅人は、それぞれを順番に見た。


見る順番を変えると、意味も少し変わる。


上から見ると、持ち帰る問いが先に見える。


下から見ると、帰って聞く問いが先に見える。


横から見ると、置いていく問いとまだ問いにしない手が同じ高さに近く見える。


どれが正しい見方かは決めない。


ただ、見方によって問いの重さが変わることを、棚は教えてくれた。


シオンは、問い棚の最後に、空白の札を一枚置いた。


「これは何ですか」


「持ち帰らなかったことを、あとで責めない札です」


ネジリは、すぐ真剣な顔になった。


「持ち帰らないと、忘れたように見えます」


「見えます」


シオンは答えた。


「だから、忘れたのではなく、ここへ置いたと分かる札が必要です」


教授は、空白札に書いた。


`ここへ置いた`


短い。


今日は短くてもよかった。


この短さは、急がない。


場所を示すだけだからだ。


旅人は、その札を中段の端へ置いた。


置いていく問いの端。


そこにあると、置いていくことが捨てることではないと見える。


飛空艇の船体が、低く息をした。


着陸前灯が少し揺れる。


灯りの揺れを、また計器の揺れと同じにしたくなる。


旅人は、その手を見た。


同じと言いたくなる手。


それも、まだ問いにしない札のそばへ置く。


シオンは、問い棚の前で言った。


「今日は、降りません」


ネジリは、驚かなかった。


「でも、着陸前を見ました」


「はい」


「降りる前に、持ち帰るものを全部決めるのではなく」


「はい」


「決めないための棚も作りました」


教授はうなずいた。


「その通りです」


ククルーは、問い棚の下で丸くなりかけて、すぐ起きた。


「まだ寝ないよ。寝る前の棚が必要になるね」


ネジリが笑う。


「おやつ前の棚も必要ですか」


「それは、とても大事です」


桟橋の空気がやわらかくなった。


着陸前は、緊張だけではない。


まとめたい手を笑えるくらいの余白も、必要だった。


旅人は、最後にもう一度だけ棚を見た。


持ち帰る問いは、ひとつだけではない。けれど、上段にはひとつだけを置いた。


置いていく問いは、置いていくことで戻れる場所を得た。


帰って聞く問いは、低いところで待っている。


まだ問いにしない手は、棚の外側で落ちずに休んでいる。


これなら、降りる前に全部を決めなくていい。


これなら、降りなかったあとも、見なかったことにしなくていい。


着陸前灯の光は、そのことを答えとして照らさなかった。ただ、札の端と、棚の足と、床板のすき間を見えるようにしていた。


この章の終わりに、飛空艇は着陸しなかった。


けれど、着陸前の問い棚には、持ち帰る問い、置いていく問い、帰って聞く問い、まだ問いにしない手が分かれて置かれた。


持ち帰らないことは、忘れることではない。


ここへ置いた。


その短い札が、桟橋の低い台で、いちばん静かに光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。