第8話『ドレス』
「そ、その。……レオンハルト様……」
「神子様、どうぞレオンハルトと」
「……そ、そんな……えっと」
「では、せめてレオンと」
馬車の中での会話は、非常にぎこちなかった。
すぐに固まってしまうノワールと、事あるごとに頭を垂れるレオン。
そんな扱いに当然慣れていないノワールは、その度にまた困惑してしまう。
「じゃあ……レ、レオンさん」
「はい」
持ち得るだけの勇気を振り絞って、ノワールが名前を呼ぶ。
真っ直ぐに返る返事に、僅かな安堵の息が漏れた。
「さ、さっきヴィクトリア様が仰っていた、……挨拶、と言うのは……?」
「ああ、……あれは、つまり」
どう答えるべきか。あの姉のことだ、当然穏やかではない。
が、目の前の少女にそれを伝えたところで理解するだろうか?自分の家族を酷い目に遭わされると、泣き出してしまうのではなかろうか。
どうしたものかと、レオンはほんの僅か思索し、瞼を伏せる。
「俺には分かりません。姉上の考えることですから」
「……そう、ですか……」
レオンは、やり過ごすタイプの嘘に躊躇が無い方だった。
やがて馬車は止まる。
執事の情報によると、ここは年頃の貴族令嬢に人気のある仕立て屋のようだ。
ノワールの手を取り馬車を降りる。
馬で先行させた伝令が到着していたのだろう。公爵家の家紋が刻まれた馬車を、店主が出迎える。
そして、揺れる黒髪を見るや否や、僅かに息を詰める音が聞こえた。
「……闇の……」
そう呟く店主を、レオンは素早く視線で牽制する。ノワールの耳に入らなかったのは幸いだ。
ただでさえ縮こまってしまっている今、彼女を恐れる声が聞こえようものなら馬車に戻ってしまいかねない。
レオンは店に入るなりすぐに口を開いた。
「既製品で構わない。寸法が合うものは全て出せ、すぐに」
それからは目まぐるしかった。
次々と運ばれてくるドレスをノワールの体に当てて、印象を確かめる。
正直言って、レオンは異性の服に疎かった。ゆえに迷ったものは全て購入し、判断は姉に任せるつもりでいた。購入を決めたドレスに合う小物も片っ端から買っていく。
一方で、ノワールは半泣きの表情だった。
自分がどれだけ世間に鈍くても、ドレスが高級品であることは分かる。それを、まるで菓子でも買うような勢いでレオンは購入していく。
制止を掛けようにも、ドレスや小物を運ぶ店員は忙しなく行き交っていて、とても口を挟めない。
結局、最後に店員が持ってきたドレスも購入し、着付けてもらったことで買い物は終わった。
今までは『闇の神子らしく』と真っ黒な服にしか袖を通したことは無かった。それしか許されなかった。
だが、髪を丁寧に結ってもらい、髪留めまで留めて。
それは、ノワール自身も見たことのない自分だった。
年頃の女の子が好むような淡い色合いのドレスを纏った姿は、どこにでもいる可愛らしい少女のそれだった。
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