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第34話『祈り』


 もうすぐ月に一度の祈りの日だ。

 ヴィクトリア曰く、北の地にある神殿を使っていいのだという。


 たった一月前のことなのに懐かしくなって、ノワールは薄く口を開いた。

 そこからは歌い慣れた旋律が紡がれる。

 祈りとは、歌だ。

 神子として生まれた者は、この祈りの歌を宿して生まれてくる。


 自分が死ぬまで、あるいは次の神子の双子が生まれるまで。歌い、祈り続ける。

 それが唯一の役目だ。


 

 最後の一節を歌い終え、澄んだ気持ちで振り返ると、護衛の騎士と並んで立ち尽くすレオンの姿があった。

 目が合うなり、レオンは即座にその場に片膝をつく。隣の騎士も、慌てて倣うようにすぐ膝をついた。


 「大変、美しい祈りでした」

 

 「レ、レオンさん……!」


 町ゆく人が何事かとこちらを見ていた。

 急いでレオンの元に駆け寄るものの、一向に頭を上げる気配はない。

 公爵家の長男が跪いている以上、隣の騎士もそうする他ない。

 ノワールは慌てて首を振った。


「ダメです、レオンさん……こ、こんなとこで」

 

「申し訳ありません、今だけは……」


 件の夜会でノワールを助け出したヴィクトリアも『闇の神子』を尊んでいた。だがレオンハルトは度々それ以上の信仰心を覗かせることがあった。今もそうだ。


(レオンさんはこんなにも神子を敬ってくれている……)


 光を宿すセレスティは、いつだって信仰の対象だった。こんな風に跪かれ、敬われていた姿を何度も見た。

 当然、闇の神子には一度だって与えられなかったものだ。


(……本当はこうやって、闇の神子を尊んでいたいんだろうな)


 普段敬語を使わずに話してくれるのも、姉の命令であり、怯えきってしまっていたノワールのためだ。

 これがきっと彼が本来取っていたい姿勢なのだろう。


(そう、レオンさんは闇の神子を敬ってくれているだけ……)


 ちくりと、胸に妙な痛みが走る。首を横に振ってそれを追いやり、ノワールは根気強くレオンを説得した。

 そんなレオンハルトが立ち上がり、また一人の婚約者としてノワールをエスコートしながら宿に戻るのはしばらく後のことだった。


 

 


「道中にある神殿に寄っていく」


 それから何日かしたある時、ヴィクトリアはそう言った。

 このままのペースでは、ヴァレンシュタイン領にある神殿に到着するのが遅れる。ゆえにそれよりも手前にある神殿で祈りの日を待ち、祈りを終えてから更に北へ進むという話だった。


「闇の神子の装束を用意しなければならないな」


 ヴィクトリアの表情は真剣だった。

 祈りの日には、光の神子は真っ白な、闇の神子は真っ黒な服を纏わなくてはならないと決まっている。

 だが、ノワールが持っていた闇の神子の服は、別の日に発った荷馬車で北のヴァレンシュタイン領を目指してしまっている。

 

 ノワール達は、神殿に近い街へと急遽向かうことになった。

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