第21話『暗闇』
(死ぬのかも、しれない)
声に出さない、何度目かの呟きだった。
そう思うことは今までにもあった。
空腹で耐えられなくなった時。高熱に苦しんでいても、誰も気付いてくれなかった時。終わりが見えないほど殴られた時。
時には、もう、このまま死んでしまってもいいと思ったことさえあった。
(ヴァレンシュタイン家に連れて行ってもらって、『優しさ』を知った……)
心残りはもう無いんじゃないか。
いや、むしろいつか自分に愛想を尽かすかもしれない、いつか自分に背を向けるかもしれない彼らの姿を見ない内に。
(そのほうが、幸せなのかもしれない……)
いつか優しさを失って絶望するくらいなら、今終わった方が幸福だと思えるのではないか。
項垂れて、細く息を吐く。
すぐに諦められるのは、自分の長所でもある気がした。
心が深く傷付かないうちに手放せるから。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、先程まで一緒にいたレオンハルトの姿だ。
「心配を、かけてしまっていますか……?」
返事など無いことは分かりきっているのに、声は溢れる。
何も言わず、突然居なくなってしまった。今頃、探し回っているかもしれない。
「……お姉様、も」
ヴィクトリアだって、過保護な一面がある。
話を聞いたら、私を探そうと屋敷を飛び出してしまうかもしれない。
(私が……このまま死んだら……)
レオンハルトは自分を責めてしまうのではないだろうか。
ノワール自身に価値はないかもしれない。が、神子のことはあんなにも大切にしてくれていたのだ。
自分のせいだと思って、悲しんでしまうかもしれない。
毎日世話をしてくれているメイドのミアも、会う度に笑顔を向けてくれる屋敷の使用人たちも。
「…………それは、ダメ」
思わず指先に力が籠る。
簡単に手放せそうだった自分の命が、突然守らないといけないものに思えた。
「悲しいのは、ダメだから……」
優しい人たちに、悲しんでほしくはなかった。顔を上げて辺りを見回す。
しかし、意気込んだところで出口がないことは変わりない。
閉められたばかりの扉を、肩で押してみる。鍵が掛かっていて、当然開きはしない。
扉の向こうからは、男たちが何やら喋っている声が聞こえた。
今度は窓に向かって膝立ちで寄ってみる。
窓も施錠されていたが、幸い鍵は内側にある。少し屈んで、鍵に顔を寄せる。
埃の積もった鍵を咥えると、砂埃と錆の味が口の中を染めた。思わず胃を掻き回すような吐き気が蘇る。
「っ、う……」
呻くものの、構っている時間はない。下の階にいるであろう男たちが、いつ上がってくるか分からない。
錆びついている鍵は上手く滑らないが、しっかりと噛んで、何度か力を込めると少しずつ動き出し、やがて開いた。
出来るだけ音を立てないように、肩で窓枠を押して開ける。
埃臭い部屋に新鮮な空気が舞い込む。
開いた窓から顔を出し、下を覗き込んだ。
(……高い……)
屋敷よりも天井の低い造りの建物とはいえ、飛び降りるには高すぎる。暗いせいで、足場もよく見えない。
が、窓枠を跨ぎ、震える爪先を降ろしていく。
(迷っている時間は、ない……!)
(……大丈夫、痛いのは、慣れてる……)
そう言い聞かせて、不安定な姿勢のまま暗闇に身を投げた。
すぐに痛みは体を突き抜ける。腕が縛られているせいで、受け身が取れない。
思い切り肩と顔を打ち付けたようだ。だが、幸い足元は柔らかい土だった。
痛みに声を上げようものなら、壁一枚を挟んだ先にいる男たちに気付かれてしまうだろう。落ちていく姿を窓越しに見られなかっただけでも幸運だ。
唇を噛み、痛みが残る足を引きずって、ノワールは森の中へと駆け出した。
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