第20話『馬』
ノワールは手を引かれるがままだった。力強く、太い腕は振り払えない。
出掛ける前にメイドに靴を並べられ、ほんの少しのお洒落としてヒールのある靴を履いてしまったせいで、その場に踏ん張ることすら出来ない。
大きすぎる歩幅についていけず、最後はほぼ引きずられるようにして、細い裏道を抜けた。
そこには一頭の馬が繋いであった。
「馬には乗れるかい、お嬢さん」
返答など求めていない、単にノワールを馬鹿にするための声だった。
腕を掴んで動きを制限され、担がれるようにして馬に乗せられる。そのノワールを後ろから抱える形で一緒に馬に跨った男は、慣れたように馬を走らせはじめる。
(……髪飾り……)
僅かな抵抗を見せた際に、髪を掴まれた。その時に落としたのだろう。買ってもらったばかりの髪飾りは、男の靴底に踏まれて砕け割れていた。
馬上は不安定で、ノワールは男の腕にしがみつくしか出来ない。逃げようにも地面は遠すぎた。
煙草と、草の焦げたような臭いを纏う男の腕の中。慣れない馬上での揺れのせいで胃袋がひっくり返るようだった。思わず口元を押さえるが、当然男にそんなことは関係ない。
時間にしてほんの数分ではあるが、城下町から遠ざかるように走った馬の足ではそこそこの距離を稼げてしまう。
気付けば城下町を見下ろせる小高い丘にいた。周囲は木々に囲まれて鬱蒼としている。
その中に、ぽつんと二階建ての小屋があった。
馬から降り、ふらついて立てないノワールを抱えるように小屋へ入った男を、また違う男が出迎える。
その男は持っている縄で、手早くノワールの腕を背中側に回して縛った。
「コイツがそうか、色気も無いガキだ」
顔立ちを確かめるように、ベタベタとノワールの顔を触りながら低く笑った男は、二階へと通じる階段を顎で指した。
そうして階段を上がった先の部屋に放り込まれ、受け身も取れないまま床に頭を打つ。その衝撃で、意識が遠退くのが分かった。
その後ろで、階段へと続く扉が閉まった直後に、鍵の掛かる音がした。
(……ここは)
どれくらい時間が経ったのか、ぐらぐらとした意識がやがて浮上するが、混乱で頭が回らない。だが、ゆっくりと周囲を見回す。
その部屋は真っ暗で、ノワールが住んでいた小部屋によく似ていた。
だがその部屋よりもずっと埃まみれのようだ。動く度に舞う埃を吸い込んでしまって、思わず咽る。
理由は分からない。が、自分が捕まってしまったことくらいは分かる。
徐々に暗闇に慣れてくる視界の中には、何もなかった。何の家具も、荷物や道具の一つさえ置かれていない。屋根裏部屋のような造りなのか、低い屋根を支える柱が一本と、曇った窓があるだけだ。
その窓にさえ、簡易的な鍵が掛かっている。手を縛られた今は開けられなかった。
(殺される、のかな……)
その可能性は、十分にある。力なく座り込んで、息を吐く。
まだ混乱しているせいか、実感が沸かず、涙も出ない。
曇った窓の向こうに浮かぶ月だけが、部屋を照らしていた。
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