第12話『ローゼンベリア家』
「初めての逢瀬で、やるではないか。レオンハルト」
ヴィクトリアは書斎の窓から庭を見下ろしていた。片膝をついている弟と、すっかり固まってしまっているノワールがいる。
無事、自分の意思を汲み取ってくれたようだ。我ながら優秀な頭を持った弟である。
そう笑みを湛えていた時、執務室の扉がコンコンと叩かれる。入ってきたのは執事長だった。
「ローゼンベリアに手紙が届いたとのことです。今夜向かわれるのですね?」
「そうだ。考える時間をやる必要はない。馬車を準備しておけ」
「はい」
執事長は頭を下げて部屋を後にする。彼は実にしっかりした男だ。万一にでも準備が不足しているということはない。
ヴィクトリアは庭に背を向け、メイドを呼ぶ鈴を鳴らす。来る夜に備え準備を整えるために。
その夜、ヴィクトリア、レオンハルト、ノワールの三人は馬車に乗っていた。
ヴィクトリアはいつものように、軍服によく似た礼装を身に纏っていた。レオンもそうだ。
ヴァレンシュタイン家は非常に強い軍事力を持ち、それをもって公爵となった家だ。ゆえに、これが正装なのだという。
一方でノワールは深い紺色を基調にしたドレスを纏っていた。金の刺繍は夜空を彩る星を連想させる。
決して派手すぎず、しかし生地からレース、装飾品一つまで取っても、どれもが一級品の代物だ。
指先を覆うレースの手袋越しに、落ち着かない指を何度も絡めている。
馬車が止まったのは、ローゼンベリア伯爵家の門前。
そこでは何人ものメイドが整列し、頭を下げて迎え入れていた。一人の執事も同じように頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました。ヴァレンシュタイン家、ヴィクトリア様。レオンハルト様」
先にヴィクトリアが、その後に続いたレオンハルトが馬車を降り、最後はノワールがレオンの手に引かれて降りる。
「それだけか?」
ヴィクトリアは短く問う。執事は眼鏡の先で目を僅かに見開く。
「ローゼンベリア家の御息女もここにいるはずだが、その目には映らないか」
そう言葉を付け足して、ようやく理解したようだ。
執事は笑みの形を保ったまま、今更思い出したようにノワールへと頭を下げた。
「……おかえりなさいませ、ノワール様」
「――ふん」
レオンが、ノワールの隣で小さく鼻を鳴らす。隠すこともしない嘲笑だった。
ノワールの瞳に映る屋敷は何だか久々に思えた。昨日までは確かにこの屋敷の一番端の部屋で寝起きしていたはずなのに。
執事に案内され、存分に見栄を張った応接室へと通された。この屋敷に住んでおきながら、一度も入ったことのない部屋だった。
当然の話ではある。不吉とされる闇の神子を、来客が立ち入る部屋に入れるはずもない。
横長のソファに揃って腰を下ろす。真ん中にノワールを座らせ、左右にヴィクトリアとレオンが腰掛けた。
その後ろに一人だけ、同行した使用人が立つ。
程なくして、応接室の扉が開かれた。
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