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第17話 漫才


「一葉って漫才見るの好き?」

「まあまあかな。去年の優勝者はかろうじて覚えてて、一応ネタも見てるかな」

「そうか。なんか母さんがすまんな。ゲームしたかっただろうに」

「こういうのも楽しいしいいよ」

「それは気を使った発言じゃないだろうな」

「まさか」


 そう言って一葉はまた笑う。


 そして、漫才が流れていく。

 最初のネタは、ラブコメへの文句を言うネタだった。


『彼女を家に招く癖にすることはしないよな」

『おいおいそれって』

『言わなくても分かるだろ。キスだよキス!』

『キスかよ。初心だなあ』

『初心で何がわりいんだよ。まさか襲えなんて言うのか? 不同意性行罪だぞ』

『誰も襲えなんて言ってねえだろ!!』

『襲えってことだろ。俺には、キスが精一杯なんだ』

『え、急に可愛い』


 まさか母さん。このネタが来ることを分かっていて見ようと言ったのだろうか。

 いきなりへんてこなネタが出て来たんだが。


 いや、俺と一葉はカップルじゃないから、関係がないのかもしれないけれど。


 一葉を見る。すると、恥ずかしがっていた。こういうネタだからなのか、多少の下ネタが入ってきてるからなのかは分からないけど、一葉は少し気まずそうだった。



「まじで母さんがすまん」

「ん、いや、大丈夫」


 そう、顔を手で覆う時点で大丈夫じゃない気がするけど。

 もしかして俺は実は異性として意識されてるとか?

 いや、そんなまさかな。


 いくらなんでもそれは考えすぎだろ。


 そして、今度はちゃんと普通のネタが入っていく。

 今度は、優先座席に関するネタだった。



 その途中で、鏡花が立ち上がった。


「どうしたんだ」

「ちょっと、お兄ちゃんいい?」


 そう言って俺の手を取る。俺は鏡花の目を真っ直ぐに見る。すると、「ソファで見ようよ」と言い出した。


 三人、ソファなら三人並べるだろう。

 だからこそ、ソファに行きたいってことなんだろうけど、


「分かった」俺はソファに向かう。「一葉もおいでよ」俺がそう言うと、一葉は少し不機嫌そうに頬を膨らませた。

行きたくないのだろうか。それとも、鏡花に俺を取られてるみたいでいやだったのだろうか。


「あら、母さんだけ仲間外れみたいじゃない」


 一人ぽつんと、食卓に座る母さんが言った。


「別にいいだろ。そんなこと言ったら父さんの方が仲間外れみたいじゃないか」


 残業で、八時まで仕事をしているらしい。その後はラーメンを食べて帰ってくるらしい。


「あら、そうね」そして、母さんは笑った。


 

 テレビの漫才を見ながら、鏡花と一葉に囲まれている。


 ……少し気まずい空間だ。


「この際だから言うけどさ」鏡花が口を開いた。「お兄ちゃん」そう言って俺の肩を引く。「今はどう思ってんの」


「どういう事?」

「喧嘩してたじゃん」

「それは忘れたんだって」


 喧嘩していた事なんて、すっかりと忘れてしまった。俺からしたら何の話なんだ、と言いたい気分。何を言っているのか、よくも分からないのだから。

 

 「喧嘩してたから仲直りしたんだねって思って」


 俺はその言葉を聞き、一葉の顔を見る。

 

「喧嘩はしてたね」

「俺はだから全く覚えてねえんだよな」

「それが分からないのよ。ふつう忘れる?」

「忘れるだろ」


 鏡花は俺の記憶力のなさを分かっていない。


「一葉、教えてくれよ」

「別に教えてもいいよ」


 一葉は元気よく言った。

 


「教えてくれるなら、教えてくれると嬉しいな」

「お兄ちゃんは訊いちゃっていいの」

「そんなにまずい事なのかよ」

「そんなことないけど」


 ないのかよ、と軽く呆れそうになる。


「大したことはないんだよ。私が悪かったし」

「そう、なのか?」

「うん」


 一葉は頷く。


「もしかして、鏡花ちゃんがわたしに起こってるのもそう言う事よね」

「あたしは怒ってない。ただ、気まずいだけ」

「なあ、教えてくれよ。何があったのか」


 いい加減気になってくるのだ。


「だから今から放すって」一葉が少し苛々とした様子で言った。


「大した話じゃないのよ。ただ、私の中学に行くタイミングが問題で、その時私途中まで一緒の中学に行くと思ってたみたいなの。だから、中学でもよろしくね、なんて言ってた。だけど、実際に行く先が、実は別の中学って聞いて、その真実を二人に話したら二人共泣いちゃって見たいな」

「それで、ケンカになったのか」

 

 今思えばそんな事もあったようななかったような。

 一葉との思い出は結構覚えている。だけど、その事はほとんど覚えていない。


「あんま大したことじゃなかったな。俺もあまり覚えてなかったし」


 覚えていないという事は、過去の俺にとってすぐに忘れられることだったのだ。記憶の要領に邪魔だった記憶だったのだ。

 そう考えれば、大したことではない。


「鏡花はどうだったんだ?」

「あたしはモヤモヤしてるよ。なんとなく、辛いし」

「つらい?」

「だって、あたしたちの縁が離れたのそれのせいじゃん。それに、あたしは今もちょっとだけ怒ってるし」

「ごめん」「謝らなくてもいいよ。これはあたしの問題」


 そう言って鏡花は笑う。


「どう顔を合わせたらいいのかは、よくわからなかったけど」

「そうだよね……確かにわたしも、この三年間顔を合わせにくかったかな」



 俺から一葉に連絡を取りにくかったのも、覚えていないだけで、心の奥底で納得できない部分があったから、という気持ちもあったのかもしれない。


「一昨日気まずそうだったのは、そう言う事なんだな」

「そうだよ。でも、もう一つあるけどね」

「なに?」

「お兄ちゃんと一葉ちゃん明らかにイチャイチャしすぎじゃない」

「そんなことないと思うけどな」


 そう言って一葉の顔を見る。すると一葉の頬が紅潮していた。


「自覚あったのかよ」

「仕方ないじゃん。久びりだから。って、そんな話はもう終わりにしようよ!!」


 一葉はかき消すように言った。そして、

 前に向き直ると、テレビはもう暗くなっていた。


「え?」

「あんたたちがうるさいからもう消したわよ。私以外の人間が見てないのに、つける必要はないしね」


 確かにさっきからずっと、会話に夢中で漫才を見ていなかった。母さんが途中でテレビを消していたのはきずいていたが、


「まあでももう漫才の気分じゃないよね」

「そうだな」


 流石に今から漫才の続きを見るとなっても、集中は出来ないだろう。


 そしてそこからは互いの三年間を埋める会話へと移り変わって行った。

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