第一話 失恋、そして裏切り
「ねえ、別れましょ」
そう、言われた。その言葉に対し俺は「へ」と、かすれた声をこぼす。
2年間付き合い続けてきた彼女であり、俺の人生初の彼女、柳理子にそう、言われたのだ。
正直意味が分からなかった。俺は彼女とカップルとして上手く行っているとばかり思っていた。
確かに最近理子は少し忙しそうではあった。
だけど、それはバイトが忙しかったから、という理由だったはずだ。
お金が必要だから必死に働いていた。
それだけのはずだった。
もしかしてそこから既に俺に見切りをつけていたのか、
くそっ、なんでだよ。どういう事だよ。
「意味わかんねえよ」
俺は拳を深く握りながら言った。
意味が本当に分からない。
別れたい?
なんで、そんな事を言うんだよ。
そんな素振りあまり見せてなかったじゃねえか。
「意味が分からない? ふざけんじゃないよ!!」
怒声に俺はびくっとする。
なんで、俺は今怒られてるんだろう。
なんで、こんな状況になっているんだろう。
「あたしはもうあんたじゃ、満足できないの」
「……満足、出来ない……?」
「ええ、そうよ」理子は俺の襟元を掴む。痛い。「あんたは体を重ねてくれなかった。キスも怖がってた。それに何より……!!」
見る見るうちに怖い顔になる。
「……あんたはあたしに対して対等で居ようとした。それが……我慢ならないの」
「……どういうことだよ」
「もう、うんざり。あたしはもっといい彼が見つかったの。だから……もう関わらないで」
そして、去って行った。
正直意味が全く分からなかった。
家に帰った後、俺はベッドに寝ころんだ。
理子と二人、夜を過ごしたことはあった。体は重ねなかったけれど、夜二人で語らう事はあったはずだ。互いの近況、そして互いの将来、学校の愚痴等様々な事を話していたはずだ。
だけど、ここにはもう俺一人だ。隣に理子の姿はない。
それに、彼女の話が本当なら、もう二度と一緒に寝ることはない。もうここに理子がくることは一生ないのだ。
なんてむなしいんだ。
暗い空間が、俺の心情を示しているような感じがする。
暗く、何もしたくない。
辛い。
死にたい。
「お兄ちゃん、ご飯だよ」
そこに、妹の鏡花がドアをノックした。今年、中学二年生になった可愛らしい妹だ。
長い髪の毛をヘアゴムでひとくくりに纏め、ポニーテールにしている。
「お兄ちゃん?」
やばい、言葉が出ない。何も返事をしたくない。何も言いたくない。
ご飯なんて、もう食べられない。
俺は、乾く口を何とか動かして、
「ごめん、今はたべられない」
声が何とか出てぼっとした。さっきまで、泣いていたから、声がかすれている。
だけど、それが功をこうしたようで、
「分かった」
そう言って、鏡花が戻っていく。
「お兄ちゃん」
「なに」
「何かあったら言ってね。あたしが力になるから」
その言葉に、俺は消えそうな声で、「うん」と言った。
俺は……弱い。
鏡花に心配させるなんて、
ははっ、ははははははは、
おかしな話だ。
その後、俺はチャットを開いた。
試しに理子にマイナーなスタンプを送ってみる。
『リコリンはこのスタンプを持っているのでプレゼント出来ません』
持っているらしい。
ブロックされている。だって、それを持っているなんて、出てくること自体あり得ないのだ。何しろ、理子がやっていないゲームのキャラなのだから。
心の整理は段々とついてきた。
もう、とりあえずは落ち着いた。勿論まだ辛いけれど、軽い行動だけなら出来るようになった。
子どものように泣き喚くターンはもう終了したのだ。
再び原因について、考えてみる。理子に急に振られた理由だ。
俺の何がいけなかったんだ。本当に理由が分からない。
いや、分からないからこそ、振られたのか?
なら、言ってくれたらいいじゃないか。
対等で居ようとしたなんて、訳が分からない。
対等じゃ、何が悪いんだ。
唯一理解は出来るのは、体を重ねてくれなかったという点だ。
だけど、当然だろ。俺たちはまだ高校生なんだから。
彼女がそれを望んだとて、むしろする方がおかしいと、俺は思ってしまう。
やべえ、またイライラとする。
イライラしすぎてやってられねえ。
また、ストレスが俺の中にやってくる。
ストレスに耐えきれず、
バリバリ、バリバリ、俺はポテチを食べていく。
あっという間にポテチの袋が空になった。
イヤホンをつけ、音楽を聴いても、気分は晴れなかった。
結局ご飯は食べたけれど、俺はその間何も言葉を発さなかった。
鏡花と母さんが心配そうに俺を見ている。それだけで死んでしまいたかった。
翌日。学校に向かう。その途中で理子の姿を見たが、ぷいっと顔を背けられた。
もう、俺の顔も見たくねえって言うのかよ。
「ようやく、あのダメ彼氏を振れたよー」
「えー、やったねえ。地獄だったでしょ」
「地獄だった。あたしに見合ってないもん」
「それもそう。あんたにはあの男はもったいないもんね」
「うん、役不足だった」
席に着いた後も、理子が友達と話している内容を聞くだけで、悔しさで歯軋りを起こしてしまう。
あと役不足の意味も間違ってるし。
俺が教室内に居ることを分かっていながらこんな会話をするなんて、俺に対しての当てつけとしか思えない。
ムカつくムカつく。
だけど俺にはそれを口に出して愚痴れる相手がいない。
その翌日の事だった。
明らかに皆から避けられていると感じた。
周りの人が皆俺を見ないようにしている。
どうしてなのか、その理由が一向に分からない。
俺が何かしたというのか?
いや、何もしていないと自分に誇りを持って言える。
その時だった。
「宮田君」と、声をかけられた。
「何ですか?」と俺が言うと、
「最低だね」
と言われた。
何だこの不意打ちみたいな最低だねは。
その後じっくりと調べてみると、どうやら俺が浮気をしたという事になっているらしい。
俺が浮気をした。理子はそれを知りながら暫く付き合ったままだった。だけど、ある日ついに、理子が俺に浮気をしてるだろ、と言ったらしい。すると俺が暴力を振るった。
それが嫌すぎて、
理子は翌日ついに、「別れて」と言ったらしい。
何だよそれ、と怒鳴ってやりたかった。
幼稚なストーリー性だし、そんなの妄想としか思えない。信じる方も信じる方だ。
だけど、俺にはそれは不可能だった。
俺には味方なる者がほとんどいない。
それに、言い返せば俺の立場が余計悪くなるというのはすぐに分かる物だった。
そういう訳で俺は彼女ばかりか、学校での居場所も失った。
まさに踏んだり蹴ったりだ。
どうしてこうなった。
そして俺は学校を休むようになった。
もはや行く気力という物が無くなってしまっていた。
意味が分からないのだ。
一方的な噂を信じて、好き勝手に言うやつらの事が。
人という物はしょうもないと知った。
人はくだらない噂にすぐに引っ張られる。
こんな明らかな嘘だと言うのに、陽キャである理子が言うからこそ、信じるのだろう。
たぶん俺が言っても信じてはくれないし、このでたらめな嘘を覆すことなど、俺には到底不可能なのだろう。
鏡花からは心配された。だけど、鏡花の心配に俺は答える事は出来ない。お兄ちゃん大丈夫?と言いながら、料理を持ってくる。
「ありがとう」そんな鏡花に対して、そう言う事しかできない俺が心の底から情けない。




