第20話取調べ
重い扉が閉まり、取調室は静寂に包まれた。
無機質な机を挟み、向かい合う三人。
瑠璃と隊長、そして――拘束された男。
だが男は、まるで緊張感を感じていないかのように、椅子に深くもたれ、薄く笑っていた。
「……随分落ち着いているな」
隊長が口を開く。
机の上に、一枚のカードが置かれる。
「財布に入っていた身分証だ。八坂――二十三歳」
男はそれを一瞥し、肩をすくめ、バカにしたように言う。
「へぇ、ちゃんと調べとるやん。優秀やなぁ」
「このIDは本当に君のものかい。」
「どっちでもええやろ。名前なんて」
軽い調子。
一切、動じない。
――コツ、コツ。
小さな音が、室内に混じる。
足の踵が、床を叩いている。
一定のリズムで。
瑠璃は気づいているのかいないのか、ただ男を見据えたまま口を開いた。
「施設で何を探していた」
「ちょっと歴史の勉強でもしよう思ってなぁ。」
「ふざけるな。お前が背理教と関係しているのはわかっている」
「なんや。若者が歴史を学んで未来をよくしようとおもてんのに、それを否定するんか。お巡りさんは」
男は笑う。
「異形が破壊したのは潜在開放の起源にまつわる史料の保管庫だったようだが?」
隊長の視線がわずかに鋭くなる。
「あぁ、そうそう!俺潜在開放使われへんから、どうやったら使えるんやろ思ってな」
「潜在開放を使えるのは、天顕教を信仰する者だけだ。君は背理教とかいう異教を信仰してるようだね」
「はぁ?そうやない。俺も昔はゴリゴリの天顕教信者やったわ。それでもなぁ、、」
初めて男は感情を露わにした。
一瞬、間が空く。
「まぁええわ、どうせ時間来たら終わりやし――……」
ほんのわずか。
言葉が滑った。
だが男は、特に気にした様子もなく続ける。
「……まぁ、そういうことや」
瑠璃の視線がわずかに細まる。
課長は無言のまま、次の問いを投げる。
「背理教の目的はなんだい」
男は楽しそうに笑った。
「それはまんまやで」
「……」
「背理教、"理"に"背"くのが教えやねんて、最高に狂った教えやろ」
軽く言う。
まるで雑談のように。
――コツ、コツ。
リズムは変わらない。
正確に、刻み続けている。
⸻
その様子を、隣室から見ている二人がいた。
剣真と神代。
モニター越しに映る取調室。
「……やけに余裕ですね」
剣真の視線が、男の足元に止まる。
――コツ、コツ。
同じ間隔。
ずっと。
会話と関係なく、刻まれている音。
「……なんだ、あれ」
「癖だろう」
神代は気にしない。
だが剣真は、目を逸らさない。
(違う……)
一定すぎる。
自然じゃない。
「……待ってください」
声が、少しだけ強くなる。
「ずっと同じリズムで……」
心臓が、わずかに速くなる。
「これ……」
頭の中で、さっきの言葉が繋がる。
――“時間来たら終わりやし”
「時間……?」
そして、確信に変わる。
「……測ってる」
神代がわずかに目を細める。
「何を言って――」
「違う、あいつ……!」
剣真が立ち上がる。
「時間を稼いでる!」
⸻
その瞬間。
取調室。
「背理教の仲間について教えてくれないかい」
隊長の声。
男は、いつもの調子で口を開く。
「仲間なんか思ってるやつおらんよ。みんな同じ目的を持つ者同士が――」
――コツ。
足が、止まった。
一拍。
静寂。
そして。
男が、ゆっくりと笑った。
「……あーあ、もう時間か」
瑠璃の目が、鋭くなる。
「何の話」
「言うたやろ?」
男の体に、ひびのような光が走る。
「またな、べっぴんさん。次は負けへん」
「っ――!」
瑠璃が一歩踏み出す。
隊長も即座に立ち上がる。
だが――
遅い。
その一言と同時に、
男の体が、崩れた。
光となって、内側から砕けるように。
粒子が、空中に散る。
拘束具だけが、音を立てて床に落ちた。
ガシャン、と乾いた音が響く。
何も、残らない。
⸻
「待ってください!!」
扉が開く。
剣真が飛び込んでくる。
だが、そこにあるのは――
空の椅子だけだった。
「……そんな……」
拳を握りしめる。
気づいていた。
止められたはずだった。
それでも――間に合わなかった。
瑠璃は、消えた場所を見つめたまま動かない。
隊長は静かに状況を確認し、短く告げる。
「この前のフードの彼と同じ手法かな」
低い声。
「完全に、出し抜かれたね」
沈黙が落ちる。
剣真の視線が、床に落ちた拘束具へと向く。
そして、歯を食いしばる。
「……時間、稼いでたんです」
誰に向けたでもない声。
「気づいてたのに……」
その言葉は、悔しさに滲んでいた。
⸻
その場に残ったのは、
わずかな違和感と、
決定的に足りない“核心”だけだった。




