第六十八話 西のダンジョン その三
ちょっと早めの訓練終了で時間は四時だ。
これはベルさんからの提案で、クランへと帰る前に公衆サウナに寄ることに決まった為である。
ダンジョンの入り口で受付の人に申告をした後、皆で公衆サウナへと向かった。
ダンジョンよりも外の方が寒いし、真夜中から帰ると夕方というのは、何かちょっと不思議な感じがする。
昼間のない一日はちょっと損をしたように思えてしまうけれど、結構充実した一日だったと思う。
公衆サウナは、貸しタオル一枚付きで銀貨二枚(二千円相当)で、時間制限はないけれど、そんなに長く入るものでもないらしい。
男女別のロッカー室で服を脱いで、まずはシャワーで身体を洗った。
ユーシンからしっかりと水気を拭き取るように言われたので、その言葉に従う。
シャワー室の先にサウナ室があった。
二十畳くらいの部屋で、中央に黒っぽい石ころを載せた大きなストーブがあり、それを取り囲むように幅の広いベンチが雛壇のようになっている。
部屋の中は湿度が高くて、すごく暖かい。
ストーブのすぐ近くに水の入った桶と柄杓が置いてあって、ストーブの上の石に水を掛けて、蒸気を作るみたいだ。
「ベンチの上のほうが暑いよ」
ユーシンからそう言われて、移動してみると確かに暑い。暖かい空気は軽いから上に行こうとするということなんだろうと思う。
本格サウナ体験は初めてだから、ちょっと楽しい。
ユーシンに聞いたところ、サウナが一般的で、公衆浴場のようなものはないらしい。
「水もそうだけど、身体が浸かれるような量の水をお湯にするなんて勿体ないよ」
確かにそうか、しかし寒い時期にはお風呂が恋しい。
温泉でもあれば良いのになあと思っていると、
「この国の温泉は南東の山脈の方にあるぞ。その辺りでは川に温泉が流れ込んでいるらしく、河原を掘ると温かいお湯が湧き出してきて、タダで温泉に入れるって話だ」※
ジョウンさんから、そんな話があった。
南東の山脈と言うと、薬草採集の時に見掛けた双子山の方なんだろう。
そのうちに行ってみたいとは思うが、結界で守られた温泉宿までの道は、魔物が出現するのでちょっと危険らしい。
馬車で行く時は数台の馬車がキャラバンを組んで行くとのことだ。もちろん護衛の冒険者付きだ。
そうした護衛の仕事はEランク依頼らしく、ジョウンさん達もまだ依頼を受けたことはないとのことだが、往復の任務となって、馬を休ませるために温泉宿に一泊か二泊出来るので、冬場は特に人気のある依頼とのことだった。
そんな話をしつつサウナであたたまった後、水風呂に浸かり、裏庭に併設されているベンチで外気浴をした。
ここまでがセットらしい。全部で三十分くらいだけど、身体がリフレッシュしたような気がする。
服を着た後、入り口の所で飲むヨーグルトっぽい飲み物をお勧めされて皆で買って飲んだ。
一杯大銅貨一枚(百円相当)で、ペットボトルくらいの陶器製の瓶は魔道具で冷やしてあり、瓶の冷たさが気持ち良い。
インド料理屋のラッシーの甘さを控えめにしたような感じで、ちょっと甘酸っぱくて美味しかった。
公衆サウナを出ると、もう日が暮れていて、街頭に明かりが入っていた。
屋台は朝よりも多く出店していて、どの屋台も良い匂いをさせている。
屋台を窺うユーシンの目付きが鋭い。
今日の夕食はクランのバイキングなので、王子と二人、屋台で足を止めるユーシンを引っ張りつつクランへと帰った。
クランにはカトーさんが居て、脇差しと大太刀を返却して貰った後、査定の結果を教えて貰った。
脇差しは付与魔法はない代わりに、ゴーストや死霊などに有効な聖属性武器だったことが判明し、ケイトさんはニコニコと上機嫌だ。
呪いの魔剣の、呪いというマイナス要素がなくなったことで、プラス要素のみが残ったみたいな感じになるらしい。
大太刀は防錆の他に、二つ目の付与魔法として自己修復の魔法が掛かっているとのことである。
刃物の刃は単純に尖っているだけではなくて、刃の部分にはすごく細かいギザギザがあって、ノコギリのようになっている。
使っているうちに、そのギザギザが摩耗することで切れ味が落ちるから、細かいギザギザを新たに作るために研ぐ必要があるらしいのだが、大太刀は自分で細かいギザギザ状態を維持することが出来る。
特にダンジョンの魔物の場合、倒せば消えてしまうから、刀身に付いた血や油分が切れ味を落とす要因にならないから、ダンジョン用の武器としてはかなり優秀なものになるとのことである。
しかし大きな欠けや割れの修復には時間が掛かるし、折れたら流石に直らないらしい。
そんなわけで大太刀は、金貨二百枚(二千万円相当)、
脇差しのほうは、金貨百五十枚(千五百万円相当)と、超高級車の値段のような査定結果となった。
それでもカトーさんによると低く見積もっての査定金額らしい。
刀は形状が一般的ではないので、そのあたりが考慮されているとのことだ。
特に聖属性の武器は市場に出回ることがほとんどないし、刀身や柄、鞘などの作りが優美なので美術的な価値もあるかも知れないと、ケイトさんはカトーさんからオークションへの出品を勧められていた。
ケイトさんはその申し出に対して、父親が武器コレクターなので、ダンジョン産のこんな珍しい武器を勝手に売ったら叱られると断りを入れていた。
以前ケイトさんが話していた通り、査定額の合計となる金貨三百五十枚はパーティー貯金となる。
シニフィエを入れた五人で割ると、一人あたり金貨七十枚(七百万円相当)だ。
もっとも、購入のための資金は実家から引っ張ってくるらしい。当座のパーティー貯金として金貨五十枚がケイトさんから王子に渡されていた。
そんな訳で、パーティーの戦力強化のために、ユーシンの片手剣と盾に付与魔法を掛けてバージョンアップし、王子は魔法発動用のタクト、魔石付きのものを購入、オレの木刀もグレードアップすることが決まった。
ユーシンは今使っている片手剣と盾に愛着があるようだ。
オークやハイオーククラスならば、魔法を付与すれば問題ないとのケイトさんの言葉に嬉しそうにしている。
それと、サイエンさん達にはケイトさんからご祝儀として、暫定査定額の十分の一となる金貨三十五枚が進呈されていた。
サイエンさんは固辞していたけれど、オレ達への訓練のこともあるからとケイトさんに言われて、
「それじゃあ、もう少し厳しく教えたほうが良いですね」などと言いつつ、遠慮がちにではあるが笑顔で受け取っていた。
そしてオーガキング討伐計画だが、クランのサブマスターのハクシンさんが、同じく七十階層のボス討伐を目指しているライバルクラン「迷空の踏破者」との折衝を行っているらしい。
しかし、低階層への転移という問題行動はあるものの、討伐のためにそれなりに経費が掛かっている為、「迷空の踏破者」のクランマスターが難色を示しているとのことだ。
そんな話をした後、食事となった。
今日のバイキングはハム・ソーセージ祭りみたいな感じだ。
薄くスライスされたハム、そしてソーセージが各種山盛りになっている。
ソーセージは焼き目が焼き目がついたものが多いけれど、ものによっては茹でたものなんかもあった。
ハムやソーセージは冬前の今の時期に各地で作られているようで、この街の近隣の村でも製造されていて、その入荷があったらしい。
ユータスさんに詳しく聞くと、冬は野外の食べ物が不足するから、秋に太らせて保存用の食料にするらしい。
あまり想像しないほうが良さそうな話ではある……
ハムは丸いものと四角いものの二種類。
ソーセージは種類が多くて、黒いものや白いもの、ハーブ入りのもの。茶色と言っても色の薄いものや濃いもの、太いものや細いものなどがあって、黒いの以外はどれも美味しそうだ。
マスタードソースも一種類ではなく五種類も用意されていて、粒あり粒なし以外にも、甘いものや大辛のものなどがあった。
皮がぱりっと焼けているオーソドックスなソーセージで、マスタード全種を試してみたけれど、大辛と言っても、和辛子のようにガツンと鼻に来るような辛さではなくて、酸味があってマイルドな感じだ。
個人的には王子にお勧めされたハチミツ入りの甘いマスタードソースが一番のお気に入りである。
ちなみに白い丸パンやピクルス、チーズなどもあるので、王子とホットドッグにして食べている。
ユーシンは、このソーセージにはこのマスタードソースだね。などと呟きつつ、研究に余念が無い。
ノートを取り出してソーセージの種類と、それに合うマスタードソースを表にして書き込んでいた。
「マスタードの粒をスプーンで潰してから塗ると、辛さと香りが増すよ」
ユーシンからそう言われて試して見ると、確かに風味が増して美味しくなった。
さすがは食担当のユーシンだ。そんなことを考えていると、
「マスタードのつぶつぶ感も大事だからな。全部潰すのはお勧め出来ないぞ」
お替わりを取りに行っていたオウルさんが会話に参加して来た。
片手にビールジョッキ、そしてもう片方の手に持ったお皿には、さっき見掛けた黒いソーセージが丸々一本乗っていた。
「これはブラッドソーセージだ。食べてみるか?」
そう言われたが、見た目に相応と言うのか、名前も危険そうだ。
王子と二人で辞退したが、ユーシンはオウルさんに半分にカットして貰い果敢にも挑戦している。
一口食べてのユーシンの感想は、
「ハーブ入りで味が深い。臭みもないね。これは甘いマスタードが合うね。いや、むしろジャムとか合いそうだよ」
そう言って宿の人にコケモモのジャムを貰って来て、オウルさんと二人、にこにこしながら食べている。
オウルさん曰く、「天才的発想だ」とのことである。
付け合わせの酸っぱいキャベツの漬け物は、単品だと酸っぱさだけが口に残るけれど、肉の脂っぽさを消す口直しにはぴったりだった。
ベルさんがケイトさんに、キャベツはお肌に良いと勧めていて、それを聞いたケイトさんがベルさんと二人、ちょっと酸っぱそうな顔をしつつ山盛りにして食べていた。
そんな大満足な食事の後、干し柿についてカトーさんとユータスさんに相談をした。
説明に際して、王子に渋柿を干し柿にして貰い、それを食べて貰いながら、この都市の食料品価格の抑制とか、名産品として売り出せないか? という話を、オウルさんにフォローして貰いながらオレが説明をした。
干し柿に顔を綻ばせつつ、二人は頷いていた。
そして話の最後に、西のダンジョンで渋柿採取をしていたトマス君達「迷空の踏破者」の新人冒険者に干し柿の製法について今日話したことを伝えた。
「これはオーガキングの討伐計画の交渉に使えそうだな」
カトーさんが、嬉しそうに言っていた。
「上の連中や迷空の連中にも食べて貰いたいから、追加でもう三つ程干し柿を貰えないか?」
ユータスさんにそう言われて、王子が嬉しそうな笑顔を浮かべつつ干し柿を作っていた。
三つの渋柿がテーブルの上でくるくると回り干し柿になる魔法にカトーさんとユータスさんが目を丸くして驚いている。
そんな様子を見て誇らしく思う。
その後の話で、干し柿の屋台での販売には「待った」が掛かってしまったけれど、試供品の無料配布という形でお願いすることになるかも知れないと言われた。
それはちょっと楽しみである。王子とユーシンも目を輝かせていた。
河原温泉は日本各地にあるみたいです。
長野県で体験した自分で勝手に掘るタイプは、話の種にはなりますが、微妙ですね……




