第六十三話 民宿で
夕食の時間までの素振り訓練は、期末テストが終わった直後の復習のようで、これまでの訓練よりも得るものが大きかったように思う。
ダンジョンでの戦いの記憶が、鮮明に残っている状態での訓練になるから、問題点が明確であり、そのために何をすれば良いか? が、はっきりと認識出来ていたことが良かったのだと思う。
訓練のための訓練ではなく、実戦のための訓練だ。
そんなことを考えながら案内された宿の大部屋は、予め火を入れておいてくれたらしく、暖炉の火は大きくて室内は快適だ。
宿の人に出して貰った盥のお湯で身体を拭き、お待ちかねの夕食となった。
食べ放題の食事は、行きと同じくクリームシチューだった。
記憶にあるのとそっくり同じ味で、やっぱり美味しい。
「雨が酷いとか、何か理由がなければ一泊する客だけだろうし、旬のものを使ったこの宿の定番料理なんだろう」
オウルさんがそんなことを言いながら、笑顔で大盛りのシチューを頬張っている。
「同じ味って言うのが凄いわよね。プロの仕事って感じね」
ベルさんも同じく笑顔で、オウルさんにそんな話をしている。
さらに嬉しいことに、今日は丸パンが焼き立てだった。
見た目は固めのフランスパンのような感じなのに、そのまま「むにっ」と囓り取れる柔らかさで、バターなどを付けなくても、生地がしっとりしていて美味しい。
ほわっと香る匂いと仄かに感じられる甘さに、釣られるように夢中で食べた。
「パンはやっぱり焼き立てが一番だよね」
ユーシンの言葉に、王子がはむはむとパンを囓りながら、笑顔でこくこくと頷いている。
そんな大満足の食事の後、サイエンさんにハイオークの討伐について聞いたのだが、サイエンさんによると、自慢出来るような話じゃない。むしろ大失敗した話とのことだった。
ケイトさんがオウルさんやジョウンさん、ベルさん達と視線を交わした後、ワインを五杯とホットミルクを三杯、宿の人に注文し、サイエンさんに話の続きを促した。
「まああれか、成功した話よりも為にはなるか……」
サイエンさんが苦笑いをしつつ話をしてくれたのはこんな話だった。
そもそもはオーク一匹の討伐依頼として受けた案件だったらしい。
「正確には、武器を持ったオークのように見える魔物が一匹、村の近くの森で目撃されたから討伐して欲しい。だったんだけどな」
サイエンさんはそう言って、また苦笑いだ。
その頃、と言っても最近のことだが、オレ達のパーティーはオーク討伐を主な仕事にしていた。
オークは大抵の場合は一匹、多くても二匹で行動をすることが多い。
ゴブリンよりも魔法適性がないのか、魔法を使うオークはほとんど居ない。
ベルの付与魔法で力を底上げしたオウルならば、一匹のオークを足止めし、無力化出来る。つまり一匹だけならば、なんら危険を冒さずに討伐が可能だ。
そこで二匹のオークとの戦闘の為に、オレ達は川で漁師が使う投網を使った。
この国には大河がないが、西の王国にはユウ川と言う大河があり、投網を使った漁が行われている。
その投網、なかでも一番頑丈だと言われるものを大枚を叩いて取り寄せたわけだ。
確か送料込みで金貨十一枚(百十万円相当)だったか……
そんな、二メートルクラスの魚すら捕まえることが出来る投網は、オーク相手にもきっちり仕事をした。
今回はオークが一匹という話だったから、段取りとしては、ベルの付与魔法でオレ達の力を底上げしておく。
そしてオウルがオークの注意を引き付けて、その攻撃を盾で止めた後、ジョウンが機を見て背後から投網を投げて拘束する。
そしてオレが攻撃スキルで一撃を入れる。という流れのはずだったんだが、獲物と思っていたオークが実はハイオークだったわけだ。
本来ならばハイオークはCランクパーティーの仕事だ。
Dランクのパーティーが戦って、何とか倒せるような相手だ。
一般的にハイオークはオークよりも身体が上にも横にもデカい。
特徴としては全身に赤や黄色などの明るい色の、刺青のような模様が入るから、容易に見分けが付く。
しかしそのハイオークの縞模様は、肌の暗緑色に近い少し黒っぽい色で、丁度オレくらいの背の高さで、引き締まった体付きをしていた。
つまり、遠目では見分けることが難しい特異個体だった。
問題は膂力だけではなく、ハイオークはレベルアップした人間すら瞬殺出来るような攻撃スキルを持っていることだ。
オウルは盾ごと体当たりで吹き飛ばされて、ジョウンの投げた投網もオークの持つ片手武器、一メートル近い刃渡りがあるマチェットで二つにばっさりだ。
ベルがデバフの魔法をハイオークに掛けるが、その動きはこれまで戦ったオーク以上に素早く力強い。
戦列に復帰したオウルと二人でなんとか攻撃を凌いだが、ベルに掛けて貰った付与魔法は短期決戦用のものだから、ぐずぐずしていれば効果が切れてしまう。
そうなれば勝負にすらならない。
唯一隙が出来るとすれば、投網を両断した時に確認出来たスキル発動後の硬直だ。
そこでベルに追加で素早さを底上げして貰い、ハイオークを翻弄するように動いた。
そしてハイオークのスキルが発動されたところを見切って、オレの攻撃スキル「両断」で攻撃をしたんだが、あと少しのところで躱されてしまい、ハイオークのマチェットの柄に弾かれてしまった。
一撃を入れるのに失敗したオレが下がったところに、ハイオークから横薙ぎの攻撃が来る。
その攻撃を剣で防ごうとするが、オークとは段違いの膂力、しかもおそらくはスキルでの攻撃だ。剣ごと叩き切られてもおかしくはなかった。
それでも避けるには遅すぎた。他に手はない、歯を食いしばり衝撃に備えた。
そして予想以上の衝撃を受けたが、マチェットはヤツの手から離れてオレの背後に飛んでいった。
ハイオークは自分の右手を見て雄叫びを上げている。ヤツの右手をよく見ると親指が無かった。
さっきのオレの攻撃は、マチェットの柄ではなく、ヤツの親指を切り落としていて、その後の横薙ぎのスキル攻撃で武器がすっぽ抜けてしまったらしいと分かった。
ヤツの叫ぶ口の中にジョウンの矢が刺さり、そこにオウルのシールドバッシュが入る。
ハイオークが倒れたところにオレがバスタードソードを突き入れる。しかし致命傷にはならない。
攻撃が決まったように思えても、皮膚を一枚裂いただけ、そこで同じ場所に攻撃を重ねるように入れて徐々に傷を深くする。
そんな戦いを結局五時間、日が暮れるまで行って、どうにか倒すことが出来たわけだ。
投網はボロボロ、オレのバスタードソードも切れ味を無くし、オウルの盾は凹み、ジョウンの弓は折られて、ベルは魔力欠乏でヘロヘロだ。
その村がある地域で、ハイオークは出現したことはなかったから、オークだと思い込んでいた。
依頼内容の確認ミスで、危うく全滅するところを幸運に助けられて、偶然勝ちを拾ったが、ハイオーク討伐なのに儲かるどころか大損だ。
あれはこれまでで最悪の戦いだった。
まあ、命があるだけマシなのかも知れないがな……
サイエンさんの話は、激闘と言うに相応しいものだった。
気付けば宿の人も近くで話を聞いている。
ケイトさんが店の人にお替わりのワインを頼んだ後、
「ゴブリンやコボルト、オークなどの人型の魔物も、鎧を着込んでいなければ動脈が弱点になる。首の場合は両側になり、腕へと流れる動脈は肋骨を出た後、鎖骨の下を通って上腕の内側に出る。
動脈はポンプとなる心臓から血が送り出される道だ。つまり肩よりも脇の下、上腕ならば外側から切るよりも内側から切りつけたほうが出血を誘える。
内側と言えば、太ももの前側部の内側にも動脈が通っている。あとは頭、頭皮も血流が多いから傷つけば出血量が多いな。もしも次があるのならば、その辺りがポイントか……」
怖いことをさらりと言った。
思わず王子とユーシンと一緒に、足を閉じて脇を締めて固まり、キョロキョロと周囲を見回す。
挙動不審になったオレ達を見たケイトさんが、にやりと笑ってから、また口を開いた。
魔物は痛みに強い。
人間でも戦神の祝福を受けてバーサーカー状態、いわゆる狂戦士化した状態になれば、痛みを感じずに戦う。
人間の場合、そんな付与が出来るのは、限られた高位の魔法使いだけだが、魔物はそれを自分で行える。
いや、行えるというよりも、本人の意志に関係なく切り替わってしまう。
身体の痛みは危険信号だ。足にトゲが刺さったら、痛みを感じてトゲを抜く。
自分の身体の状態が正常ではないことを知らせる為の信号が「痛み」なわけだが、魔物は戦闘状態になると、その根源的な自分の身体を守るための機能がカットされる。
手足を切り落としても、それで怯むことはない。
身体機能の一部が機能しなくなっただけのことになるわけだから、武器を壊したり取り上げるほうが余程に効果がある。
人間でもそうだが、親指は他の四本の指とは離れて、物を握ることが出来るよう作られている。
両手剣を振るう時に、柄尻を持った左手側が全力で振り下ろす動作をするのに対して、右手はその軌道をコントロールするために使われる。
剣先の止めもそうだ。両腕を締めることで、地面に打ち付けることがないようにする。
そんな右手と同じ役割をする親指がなくなれば、武器を失ったも同然になるということだな。
ケイトさんはお替わりのワインを受け取りつつ、話を続けた。
そう言えば、昔、傭兵団に所属していた頃に、右手の親指に打突を決める達人が居た。
武者修行と称して、各地を放浪していた頃、まだ他人を糸で操るなんて芸当が出来なかった頃の話だ。
訓練用の木剣にもガードが付いていて、そのすぐ近くにある親指への攻撃は有り得ないとまでは言わないが、かなり無理なことなんだが、片手剣と短剣の戦闘スタイルで、こっちの打ち込みに対して、親指打ちが来る。
その傭兵団に居たのは三カ月くらいでしかないが、結局模擬戦で一度も勝てなかった。
親指五十本どころか、百本くらいは負けたはずだ。
親指打ちは鋭く軽い。打たれた後に痺れが残る類のものなので、革のグローブさえしていれば、指が折れたりするようなことはなかったが、魔法やスキル、防具無し、剣での一対一での対戦ならば、ヤツが最強かも知れない。
尤もヤツは戦闘員ではなく、傭兵団の兵站担当の事務員だった。
結局スキルなのかギフトなのかすらも教えては貰えなかったが、本人が言うには、どれだけ親指打ちの技能が優れていても、ナックルガードの付いた剣には勝てないし、金属製のガントレットで防がれてしまう。
だから戦闘には加わらない。所詮は手品みたいなものだと笑っていたな。
人型の魔物どころか人間にも親指がなければ、存外平和な世界になるのかもな……
ケイトさんは話の最後にそう呟いた後、
「でもあれか、そうなったらワインを飲むのも大変になりそうだ」
そう言って、残りのワインを飲み干してから、完爾と笑ってみせた。
2024.4.5 ダンジョン都市から新しいダンジョンまでは一日半に修正しました。




