第六話 遭遇戦
背後の地平に落ちつつある太陽は、まるで寝床へと急ぐかのように足早にその光を弱めていく。
そんな夕日に追われるように、オレたちもまた街へと急ぐ、実際にそうしたことがあるのかは分からないけれど、街に辿り着いても「日没後は閉門だ」などと無情にも言われて、一晩閉め出されるのは勘弁だ。
と、王子が短剣を鞘から抜いて、いきなり走り出した。
そのただ事ではない様子から急いで後を追うが、王子が速い。断じてオレが遅いわけではないはずだが、早くも引き離されつつある。
王子の走る先を見ると、棍棒のようなものを持った小供らしき二人が、蹲った人物に襲いかかっているのが見えた。
襲っている小柄な人影は上半身裸で色が変。くすんだ緑色だ。近づくにつれ「グギャグギャ」と興奮して叫びながら、二匹で競うように殴り掛かっているのが分かる。
魔物、おそらくゴブリンっぽい。ゴブリンならば想像通りというか想像以上。その存在を全否定したくなるほどの生理的嫌悪を覚えた。
王子は走る勢いそのままに、今まさに殴りかかろうとしていたゴブリンの頸椎に、背後から短剣を突き立てた。その流れるような動きには一切の無駄がなく、王子が何らかの武術に習熟しているように思えた。短剣術とかかな?
王子だから暗殺術ってことはないよね?
遅れてオレは、突然の闖入者である王子を見て、唖然としているもう一匹のゴブリンへと突撃し、飛び上がりつつ頭にサッカーボールキックをお見舞いする。何かがゴキリと折れたような音と共にゴブリンは吹っ飛び、ゴロゴロと転がりそのままピクリとも動かない。首の向きがおかしいので、たぶん死んでいるはずだ。
王子も一撃で仕留めたようだ。まあ、あれで死んでいなきゃ嘘だよね。逆に過剰攻撃となってしまったのか、ゴブリンの首に深々と突き刺さった短剣を引き抜こうと奮闘してる。
周囲をぐるりと探るが、三匹目は居ないようだ。
オレはバックパックを背負ったまま、両手で頭を覆う防御姿勢で丸く蹲っている人物に近づき「大丈夫ですか?」と声を掛ける。
「うん、何とか」と答えがある。その口調と声の高さから、王子と同年代か少し上の少年のようだ。
少年は、のそりと起き上がり周囲を見渡す。声の割には身体が大きい。背もオレより少し高いくらいだ。横幅はオレの倍とまではいかないが、筋肉質な固太りで、ゴブリン二匹程度に一方的に殴られるようなタイプではないように思われた。
オレと王子、そして倒れて動かないゴブリンを見て状況を察したようだ。
「あ、ありがと。危ないとこだったよ」とオレたちに向って言う。
かなりのメンタル強者なのか、「歩いていたらいきなり頭に衝撃があって、その痛みに蹲ると、今度は顔、もうそこからはガンガンと殴られ続けてさ」と、他人事のように言い、苦笑を浮かべている。否、苦笑というよりは嬉しそう? な感じすらする。
その背後で、王子はゴブリンの首からなんとか抜いた短剣を、血を拭わずに鞘にもどそうとしている。
おそらく王子もオレと同じく魔物初討伐。気が高ぶっているせいで、短剣についたゴブリンの血のことを失念しているのだろう。なので、「ダイゴ、短剣の血を拭ってからじゃないと、次、抜けなくなるかもよ」と注意する。
王子は「あっ」と気付いたような顔をし、革水筒の水で刀身を洗い、辺りの草を毟って短剣に残った血を拭い始めた。
オレは要救助者(救助済み)に「話を切ってごめん。でも、間に合って良かったよ」と笑顔で言い、「ええと、オレの名前はハクブン。後ろに居るのがダイゴ。王都を襲った魔王軍から逃げてきたんだ」と言うと、彼もまた王都での騒ぎに、宿を引き払って逃げてきたのだと言う。
オレの本名は西 博文。名前の博文は「ひろふみ」読みなのだが、中学の頃からの綽名が「ハクブン」だったので、こっちの世界でも同じにしてみたのだ。
あ、そういえば王子に名乗ってなかったよ。事情があったとは言え、勝手に名前を付けておいて、自分は名乗らないなんて、本当に失礼なヤツだ。
でもここで改めて名乗ったら変だよね。後で王子に謝って、本名等含め話をしよう。と思う。
ゴブリン二匹に棍棒で顔や頭を強かに殴られたようで、ボコボコにされたボクサーのように顔を腫らし、それは見事な青たんを作った少年だが、話を聞いているうちに大きく腫れ上がってきた頭のタンコブが目立つくらいで、出血もなく、手足の骨折などもないようだ。
名前はユーシンと名乗った。
身なりからして平民の子供のようだ。大きなバックパックを背負っているので、旅人なのかな?
たんこぶは確か冷やしたほうが良いはずなので、ユーシンの頭に水で濡らしたタオルを巻いた。今日の今日のことなので、前回の使用から洗濯などはしていないが、王子の足なら問題ない。はずだ。
敢えて言わないけど……
ユーシンの満面の笑顔でのお礼に、少し疚しさを感じる。
「歩ける? 肩を貸したほうが良い?」と聞くと「大丈夫」と言うので、次第に暮れゆく残照のなか、三人で街を目指して歩き始める。
いつの間にかユーシンが、ちゃっかりゴブリンの棍棒を手に持っているのに気付いた。




