第五話 越境
門を潜り関所までの十キロを歩く。
昨夜までとは打って変わった平和さだ。
このまま隣国へと脱出すると、王子はザ・亡命みたいな感じになっちゃうと思うんだけど、物珍しげに周囲をきょろきょろと見回して、至極呑気に歩いている。
日が高くなり暑さが増して、歩いていると汗ばんできた。
王子に「上着、暑いでしょう。預かるよ」と声を掛けて上着を貰う。流石にカバンには入らないので肩紐に袖を結んだ。
やっぱり王子の白いシャツ、カバンに仕舞った上着に負けないセレブさだ。あと、上着に隠れていて忘れてたけど短剣だ。
これも宝石が埋め込まれているとか派手な装飾こそないものの、鞘の金具に、いぶし銀のような色合いの高級感のある金属が使われてるし、鞘本体も黒色なんだけれど、色で言えば漆黒と言ったほうが似合う、漆器のような深い艶がある。武器と言うよりは美術品のような感じだ。
異世界には不案内だけれど、絶対にその辺の武器屋じゃ売ってない気がする。これは関所に入る前にまたジャージを着せないとな。と思う。
そんなことを考えつつ、昼頃に関所に着いた。関所と言っても長閑なもので、ちょっとした集落のような感じだ。一応集落を半分に区切るような大門があり、兵士が常駐していた。
町の人が言っていた通り、避難民は入国税免除で、荷物検査などもなく、門を通り抜けて少し歩いた小さな広場の木陰で、昼食を取り出し二人で食べた。
バインミー(仮称)すごく美味い。
食べた後、王子に提案して、木陰で少し仮眠を取ることにした。
* * * * * * *
疲れのせいで寝過ぎたか?
暑さに目覚めると木陰が動き、日向に寝ていた。
まだまだ日差しは強いが、太陽は少し高度を下げている。地球で言えば三時頃のような感じだ。
関所から街までは二十キロという話だったので、ちょっとゆっくりな時速五キロで歩いたとしたら四時間。夏っぽいから午後七時はまだ明るい可能性もあるが、微妙な感じがする。
王宮暮らしで、世情に疎くて当たり前な王子に聞くのもどうかとは思ったが、オレよりは頼りになるだろう。
「これから出発して二十キロ。多分四時間位は掛かると思うけど、暗くなる前に街に着くかな?」と、王子に聞いてみると軽く頷く。
どうやら大丈夫そうだ。
が、一応食事の用意はしておくべきだろう。
関所といっても国を繋ぐ基幹街道沿いなためか、数軒の軽食を売る屋台が出ていた。
その何軒かの屋台から、すっかりお気に入りになったバインミー(仮称)の屋台を探して、王子に借金して二つを銀貨一枚で購入。店の人に聞いたところ、名前はバインミーで合っているとのことだった。
そろそろ王子からの借金額をメモしておいたほうが良さそうだ。なので、ノートとボールペンをカバンから取り出して記入する。
合計で銀貨一枚と大銅貨五枚となった。一応、その横に大銅貨一枚を百円で換算した計算値、千五百円相当も括弧書きで書き込んでおく。
書いたものを見て、気がついたのだが日本語だ。日本語で書いている。こっちの言葉は喋れるし、相手の言っていることも分かるけれど、読み書きは転移チートに含まれていなかったようだ。
一応確認するために「王子、ここになんて書いてあるか分かる?」とノートに横書きして、「ダイゴ、ここになんて書いてあるか分かる?」と言いつつ王子にノートを見せると、首を横に振られた。
折角なので、王子にもノートにこっちの言葉を書いて貰った。王子はさらさらと同じくらいの長さの短文を書く。その文字からはサインのような流麗さを感じるが、読めない。
残念ながら筆談は駄目ってことらしい。
王子はボールペンを物珍しそうな顔で見ていた。
出発だ。とその前に、井戸があったので臭いが鼻についてきた革水筒に残った水を捨てて、新たに井戸で汲んだ水を革水筒に満たしてから、街を目指して歩き始める。
二十メートルくらい先を、三人の男たちが歩いているのが見えるくらいで、ほかに街道に人影はない。
男たちはそれなりの歩足で歩いているようで、やっぱり出発するには少し遅い時間なのだろうか?
若干の起伏があれど、真っ直ぐな道が東に向かってずっと続いている。丁度良い。男たちをペースメーカーに王子と少し早足で歩く。
少し風が出てきて歩きやすくなる。地球の季節で言えば、季節的には盛夏も過ぎて秋が近いような感じだ。
前を行く男たちに釣られるように足早に二時間ばかりは歩いただろうか? ペースが早めなせいもあって、途中からは男たちからどんどんと離れて、今では彼らは米粒サイズだ。
流石にちょっと疲れたし、足も水ぶくれが出来そうな痛みがある気がする。
王子は? と見ると歩き方が変。靴擦れでも出来たのかも知れない。
「ダイゴ、一息入れよう」と声を掛けると王子は頷き、手足を投げ出して道端に座り込んだ。
オレも隣に座って靴を脱ぎ、足を揉む。
「結構歩いたね。半分は来てるんじゃないかな?」と言うと王子が頷く。
「足、痛くない?靴擦れとかになってない?」と聞くと悲しそうに頷いた。
王子の靴がね。今更ながらにじっくりと見たけど、革靴でヒールが高い。大きなバックルは金色でおそらく金、靴底も固そうなお貴族様用で、ウォーキングには絶対向いてないヤツだよ。これ。
オレはスニーカーだから気付くのが遅れちゃったよ。失敗だなあ。
王子に靴と靴下を脱いで貰い、見ると左右の足の親指※の横の水ぶくれが破れて、赤くなっている。
結構な無理をさせてしまったようだ。
王子に道脇のちょっと盛り上がっているところに座って貰い、足先にカバンから取り出したタオルを巻いて、その上から革水筒の水を掛けて冷やし、その後マッサージをする。
それから靴擦れの酷いところ二カ所に、湿潤治療用のパッドを貼った。
「本当は切り傷とかに貼るものなんだけど、代用品として靴擦れにも使えるんだ。これで痛みを取れるはず。で、ここから街まではペースを落としてゆっくり行こう」と提案する。
一息入れてからまた歩き出す。今度はペースがゆっくり目だ。前の男たちはとっくに見えなくなってしまっていた。
背後に回った太陽は、いまだ全体を見せている。距離的には折り返しと考えると時速四キロでも、あと二時間半くらいで街に辿り着くはずだ。
注釈 手の指とは異なり、足も指は指ではなく趾とか足指になる。これは中国語で足の指を表す脚趾や足趾が由来らしく、足の親指(相当)は第一趾とか第一足指と呼ぶのが、日本語としては正しいらしい。




