第四十一話 東のダンジョン第一階層
ユータスさんが斥候役として先行して偵察に行った後、
「そう言えば、ドロップアイテムの配分について言ってなかったな。うちのクランでは討伐数とか関係なしにパーティーメンバー全員での等分だ。今回は皆が、一応うちのクランの客人としての参加になるので、同じようにしたいんだが、どうだろうか?」
カトーさんが思い出したように、オレ達に聞いてきた。
サイエンさん達もケイトさんも問題ないと答え、逆にガイド料を払いたいくらいです。とサイエンさんは言っていたけれど、カトーさんは続けて、
「攻略組への物資の補給も一段落して、オレもユータスも暇だったから良いよ。まあ一階層だから、大した稼ぎにはならないだろうけどな。クランやパーティーによっては功績重視ってとこもあるし、初めに言って置かないとな」
そう言って、サイエンさんの申し出を微笑みつつ辞退していた。
そんな話をしつつ二十分程進むと、ユータスさんが戻ってきて、
「前方二時方向、九十メートル先にアーチャー、マジシャンが各一匹、槍一匹に棍棒が二匹です」とカトーさんに報告した。
それを聞いたケイトさんが、すっと前に出てきて、「二時か、まだ見えんな」と言って、右目を瞑り、左手で握り拳を作って左目に押し当てて、二時の方向を見ている。
「それ、何ですか?」
オレがそう聞くと、握った拳の指の隙間から見ると、遠くのものが鮮明に見えるとのことだ。魔法ではないらしい。
オレが真似をしようとしていると、「お、居た居た」と言って右手をわしゃっとさせている。
ケイトさんの弓矢への防御は、飛んできた矢を魔法の糸で絡め取るといったパッシブ型の方法ではなくて、魔法の糸で遠距離から攻撃するという直接的なものだった。
つまりゴブリンマジシャンだろうが攻撃可能だった。
五匹のゴブリンのうち、ゴブリンアーチャーとゴブリンマジシャンは、そんなケイトさんに攻撃されて、瞬殺されていた。
ベルさんは防御魔法詠唱中にそれを見て、カトーさんやユータスさん同様、あっけに取られていた。
おそらく五匹全部を攻撃して殲滅することが出来るんだろうけど、ケイトさんは自分の仕事は終わったと言う感じで、オレ達のほうを見ている。
残る三匹のゴブリンは、槍を持ったゴブリンと棍棒を持ったゴブリンだ。
事前に話していた通り、上位となる槍ゴブリンはサイエンさんたちのパーティー、今回はオウルさんが担当し、二匹の棍棒ゴブリンはオレとユーシンがそれぞれ担当することになった。
駆け寄ってくるゴブリンに対して、ユーシンは遠間から武技スキル、スラッシュを発動し、五、六メートル離れたゴブリンを瞬殺していた。
攻撃が致命傷となったゴブリンはぱっと光って消えて、何かドロップアイテムのようなものを落とした。
ユーシンは武技発動後の硬直時間が一秒くらいあるが、三人対三匹なので問題はない。
オウルさんはゴブリンが槍を構えて攻撃しようとしているところに、大楯を持って突っ込み、そのまま楯で殴りつけて倒していた。こっちも瞬殺だ。
そしてオレ担当の棍棒ゴブリンなのだが、必殺なはずのオレの突き攻撃を棍棒で往なし、そのまま流れるような動作で棍棒を横に払ってきた。剣道の抜き胴のような動きだ。
オレは横に転がって、なんとかその攻撃を躱したけれど、これって絶対に普通のゴブリンの動きじゃあない。
思わずケイトさんに目を走らせると、オレを見て悪そうに笑って、手をわしゃわしゃさせていた。
実戦の中で、敵を弱らせるのではなくて強化するなんて、とんでもない師匠だ。
ゴブリンを改めて見ると、竹刀でも持つように棍棒を両手で持ち、右足が前に出て、正眼※に構えている。その顔は戸惑っているように見えるが、そんなゴブリンの動きを作っているのは、間違いなくケイトさんだ。
幸いゴブリンの棍棒は五十センチ程度と、オレの素振り用の木刀よりも短い。そしてゴブリンのリーチも短いから、オレのほうが主導権を握って先に攻撃が出来ることになるはずだ。
そこで、密かに特訓していた二段突きで攻撃することにした。
一度目の突きを往なそうとするゴブリンの棍棒を引き手で躱し、更なる突きを喉元に放つと、あっさり決まった。
ぐぎゃっとでも言いそうな顔をしたゴブリンは一瞬の後、消えた。
やれやれと思い、ケイトさんを見ると、とても悔しそうな顔をしていた。
そこで「ゴブリンは大した敵じゃあないですね」と言ってみる。
「このダンジョンのゴブリンは異界の剣術を使うみたいだから、油断は禁物だぞ。小癪な二段突きごときは次は躱せそうだしな」
ケイトさんが、ちょっと悔しそうオレにそう言った。
どうやらゴブリン強化はまだ続きそうだが、ほどほどにして欲しいものだ。
カトーさんが、棍棒を持ったゴブリンの動きじゃなかったと混乱しているので、「悪い人が居るんですよ」と、ちらりとケイトさんを見つつ言うと、それで察してくれたようだ。
渋そうな顔をして「ハクブンも大変だな」と言われ、「そうですね」と苦笑いで答える。
その後、皆でドロップアイテムの確認をした。
ゴブリンアーチャーとゴブリンマジシャンは大銀貨を一枚づつドロップ。ユーシンの倒した棍棒ゴブリンは直径二センチくらいの小さな赤い魔石。オウルさんの槍ゴブリンは同じような小さな魔石と大銀貨一枚だった。
ゴブリンの小さな魔石は一つで銀貨二枚(二千円相当)から銀貨四枚(四千円相当)くらいらしい。
魔石はその中に込められた魔力量で価格が決まる。普通の棍棒ゴブリンよりも上位のゴブリンの落とす魔石のほうが高いけれど見た目は変わらない。
なので、冒険者ギルドでは小さな魔石は魔力量を測定する魔道具にざらっと入れて、その魔力量に応じた買い取り価格が支払われるとのことである。
そしてオレの倒した棍棒改め剣術ゴブリンはドロップアイテムがなかった。これってケイトさんのせいの気がしたが、カトーさん曰くドロップアイテムがないこともあるらしいので、運がなかったと諦めた。
それからまたダンジョンの外周に沿って歩いた。
オレはさっきのケイトさんの真似をして、左拳を握って指で隙間を作り、左目に当てて見たのだけれど、普通に見るのと変わらないような気がする。
王子とユーシンも試していたので、二人に「遠くのものが見易くなった?」と聞いたのだが、王子は首を傾けてよく分からないとでも言いそうな顔だ。ユーシンも分からない。と言っていた。
同じような仕組みになるはずな、機械式のカメラの絞りは、レンズのピント合わせのためのものだから、近眼だったりすると効果があるのかも知れないな。と思った。
そんなことをしつつ歩いていると、ケイトさんから、「ハクブン、二時十五分の方を見てみろ」と声が掛かった。
二時十五分? アナログ時計の短針の進み具合が咄嗟に思い浮かばなくて、ちょっと固まる。
二時と三時の間の間だから、二時から四分の一くらい三時寄りを見る。
するとオレンジ色が目に飛び込んできた。
改めて両目で見ると、オレンジ色の柿のような果実が沢山実っていて、枝の先が大きく撓んでいる木があるのを発見した。
シニフィエが枝にとまって、つついて食べているのを見て、木に近づいて飛び上がり、一つをもいでみた。手にとって見るとまさに柿だ。良く熟れているのかちょっと柔らかい。
一応、確認のためにケイトさんを見ると、「美味そうだな」と言って、自分でも採ろうとしていたので、ここは先に食べてやろうと囓ってみると凄く渋い。口が開いたまま固まった。
ケイトさんはそんなオレを見て、にやりと笑っていた。
いつの間にかシニフィエがケイトさんの頭の上に移動していて、オレを見て、「ハクブン、悪食、ゲテモノ食いだ」などと言っている。
どうやら二人に謀られたようだ。口のなかが物凄く渋い。
あうあうしていると、カトーさんが笑いながら、ダンジョンの中の果物は食べられるものも多いけれど、あまりお勧めは出来ないかな? と言いながら革水筒を差し出してくれた。
オウルさんは食いしん坊魂に火が付いたのか、どれどれと言って渋柿っぽい実を囓って、オレと同じく顔を固まらせていた。
それを見てユーシンとベルさんは食べるのを諦めたようだ。それぞれ手に持っていた実を、そろっと地面に置いている。
ユータスさん曰く、柿の実には、先の尖った細長いものと丸いものがあって、細長いものは渋いことが多いけれど、丸くて渋いものもあるし、その逆もある。
食べてみないと分からないけれど、ダンジョンの中の柿は渋柿が多いんじゃないか? とのことだった。
それを聞いて思い付いた。干し柿だ。
渋柿もじつは甘いけれど、渋さが突出しているので甘くは感じられない。けれど渋みを抜けば、甘柿以上に甘くて美味しくなるはずだ。
確かじいちゃんの家では干し柿を作るのに枝付きの実を紐で括って吊していたので、ユーシンに肩車して貰って、ケイトさんに呆れられつつ、折りたたみナイフで枝を切って柿の実を十個ほど収穫し、「収納」キーワードでマジックバッグに収納した。
ついでにユーシンとベルさんが食べなかった二つも収納しておいた。
風通しの良い場所に一週間くらい吊しておくと、渋味が抜けるはずなので、機会を待って作ろうと思う。
そんなオレを不思議そうに見ている王子に、「ちょっと工夫をしてみる。上手く行けば甘くなるんだ」と、こっそり説明した。
二回目のゴブリン発見はシニフィエだったらしい。王子が徐に弓を構えると即座に矢を放った。
ゴブリンも見えないから、練習なのかな? と思っていると、前方五十メートルくらい離れた草むらに青く光る矢が三本、光の軌跡を残して飛んでいき、「ぐぎゃ」っとゴブリンの断末魔らしい叫びが上がった。
王子がどこで覚えたのか、シニフィエとハイタッチして喜んでいる。
茂みに行きドロップアイテムを探すと、大銀貨が三枚落ちていた。
カトーさんが、「ええと、確かダイゴ君はFランクだよね?」
そう真顔で聞いていて、王子はその言葉にこくこくと頷いていた。
確かに王子はFランクの規格外だ。
オレとユーシンも頑張らないと、王子に置いてきぼりになってしまいそうだから、気合いを入れて頑張らないとな。と思う。
それからまたダンジョンを先へと進んだ。
先行するのはサイエンさんたちのパーティーとガイド役のカトーさんだ。
サイエンさん達のパーティーは、これからダンジョン探索をしようと思っているので、ケイトさんや王子の魔法なしで、自分たちの力だけで無理なく探索が出来るか試して見たいとの申し出があったのだ。
確かにケイトさんと王子の二人が居ると安全、安心ではあるけれど、イージーモードになりすぎる。
上位のゴブリンは狩り慣れているとのことだけれど、サイエンさんたちにとっても、折角のダンジョンの実地体験なので、カトーさんにガイドして貰いながら、探索するほうが良いのだろう。
ジョウンさんとカトーさんが斥候役で先行し、サイエンさんが壁のある左側、オウルさんがその右側で三メートルくらい離れて並んで歩き、その後ろにベルさん。というフォーメーションだ。
その十メートルくらい後ろを、オレ達が付いていくと、前からぴーっと一回、指笛の音がした。
そしてジョウンさんとカトーさんが走って引き返してきた。ジョウンさんがマジシャン一匹、槍二匹、剣が二匹だ。と叫んでいる。
どうやらジョウンさんの隠密行動がゴブリンたちにバレてしまったようだ。
ジョウンさんを狙ったゴブリンマジシャンの魔法は、ファイヤーボールらしき火の玉の攻撃だった。
しかし火の玉は握り拳よりも小さく、飛んでくる速度も速くない。飛んでくると分かっていれば、余裕で避けられそうだ。
サイエンさんがジョウン、ファイヤーボールだ。と叫ぶと、走っていたジョウンさんが頷いてから横へとずれた。一瞬のことだったから、おそらく回避スキルだと思う。
ファイヤーボールは軌道を変えることなく真っ直ぐに進み、木にぶつかって爆発した。大きな爆発ではなくて、木の幹を焦がしただけで、周囲も燃えてはいないけれど、当たったら痛そうだ。
そこでオウルさんが大音声で叫び、ゴブリンのヘイトを集めた。武器を持った四匹の上位ゴブリンがオウルさんに向かって行く。
ゴブリンマジシャンも、魔法を発動することを忘れたかのように、手に持った杖を振り上げて、他の四匹に続いた。
その頭に、とすんと矢が刺さり、ゴブリンマジシャンは走りながら崩れるように倒れて消えた。ジョウンさんの弓矢による攻撃だ。
四匹のゴブリンはオウルさんの前だ。槍を持った二匹が止まり、剣を持ったゴブリンがその前に進み出た。その瞬間にオウルさんが飛び出した。
その瞬間、「シールドバッシュ」と叫んでいたので、スキルなんだろう。
右端のゴブリンは盾の攻撃に消えた。そしてスキル発動後の硬直時間を感じさせないで、その勢いのまま、隣のゴブリンを殴りつけた。殴られた瞬間、このゴブリンも消えた。
そして残った二匹の槍ゴブリンの背後にはサイエンさんが居た。「こっちだぞ」と言ってゴブリンを振り向かせた後、黒い剣を一閃させると、二匹のゴブリンが消えていた。
討伐完了だ。
ベルさんが、セオリー通りに行けるわね。と笑いながら言って、それに対してジョウンさんやオウルさんも頷いている。
サイエンさんが、「上位とは言ってもゴブリンだからな。こんなもんだ」と、さらりと言っていた。
ゴブリン達のドロップ品を拾った後、ガイド役のカトーさんから総評があって、ダンジョン内では基本的に風がないから、匂いとか音などよりも魔力察知とか気配察知が重要になる。との話があり、ジョウンさんが熱心に頷きながら聞いていた。
最後に、サイエンさん達のパーティーならば、東のダンジョンの十階どころか二十階層くらいまでは問題ないだろう。後は慣れの問題で、上位オークが出現する三十階層くらいが当面の目標になるんじゃないか? と言われて、サイエンさん達四人は、ほっとしたのか、笑顔で頷きあっていた。
レベルアップも重要だけれど、一番の違いは経験の差なんだろう。ジョウンさんは先にゴブリンに気付かれてしまったみたいだけど、即座に対応していたし、サイエンさん達は連携が取れていて、流れるような一幕だったとつくづく思う。
ベルさんの魔法は結局使わずに温存出来たわけで、ゴブリンが十匹の群だったとしてもおそらくは問題なく倒せるのだ。
オレ達のパーティーにはケイトさんと王子というスラッガーが居るけれど、オレとユーシンも頑張って連携した動きを作り、上位ゴブリンが十匹だろうが、倒せるようにならなくちゃ駄目なんだろう。
そういう意味ではケイトさんのゴブリン強化も意味があるように思った。




