第三話 脱出
邸宅の裏門を出たところで王子はオレを見て、右手のほうを指さし頷く、王宮とは逆、おそらくその方面に逃げる。ということなのだろう。頷き返すと王子は歩き始めた。
木々の疎らに生えた林の中の道を、今度は王子と二人、並んで歩いていく。
歩いているうちに月が上り、周囲の様子が薄らと見分けられるようになった。
満月だからなのか? 王子の顔も見分けられるし、本が読めそうなほどの、結構な明るさだ。元世界の満月も同じように明るかったような気もするのだが、夜には当たり前に街灯が道を照らしている。
それなりの街暮らしだったので、満月の恩恵となるはずなその明るさを実感した記憶がない。スーパームーンの明るさも、その字面で知っていただけだ。
そんなことを考えつつ、丘を下るような緩い勾配の道を進んで行くと、街道のような広い道らしきものが見えてきた。街から逃げ出してきたと覚しき人々が足早に歩いている。向かう先は皆同じ、王宮とは逆の方向だ。
ふと何かに気付いたように王子が立ち止まり、近くの木立の影に移動する。それについて行くと、王子はランプで照らした自分の上着を指さして、首を横に振る。
あ、そうか、王子のこの如何にもお貴族な服は夜目にも目立つ。上着の下のシャツも無駄に白いしピラピラしてる。おまけに絹のような光沢すらある。どう考えても平民の身なりではない。
避難する人々の中で誰かに見咎められれば、何か厄介なことに巻き込まれたりするかも知れないし、魔王軍と出くわせば問答無用で攻撃される可能性すらある。
オレは着ていた部活用のジャージを脱いで王子に渡す。
王子は少し躊躇っていたが、「寒くないから大丈夫」と言うと、着ていた上着を脱いで木の枝に引っ掛けてからジャージを受け取り、笑顔で頷く。
ジャージを着て貰うと、まだまだ小供用のサイズの服なはずの王子に、大人用のMサイズなのでかなり大きいか。ダボダボだし、袖からは指先どころか手が見えない。
見た目はアレだが、目的は果たせている。ここは王子に我慢して貰うしかないだろう。
木の枝に掛けてあった王子の上着を手に取ると、ずしりと重い。上等な生地で仕立てられ、金糸らしき糸で装飾された絢爛豪華な一着だ。流石にこの場所にうち捨てて行くのは憚られると、オレのカバンに押し込んだ。
王子はジャージが気に入った模様。これまでにない笑顔だ。ジャージの袖を何度か折り返して手が出るようにして、ジッパーを閉めてあげると驚いていた。ジッパータブを何度も上げ下げしては喜んでいる。あ、こっちの世界では異世界テクノロジーになるのか……
そんな王子を見てほっこりしつつ、そう言えばカバンにペットボトルの水が入ってたと思い出す。ここまで歩いてちょっと喉も渇いた。きっと王子もそうだろうと、取り出して王子に手渡すが、渡された王子は戸惑った様子を見せる。
そうか、ペットボトルなんてこっちの世界にはないだろうし、ネジ構造のキャップもない可能性がある。
再度手を差し出してペットボトルを返して貰い、キャップの部分を指さして、捻って開け、口の前に持って行って少しだけ傾けて水を飲むポーズをすると、もう一度キャップを閉めてから、王子に渡した。
王子も理解したようで、慎重な手付きでキャップを開けて、ゴクゴクと美味そうに水を飲んんでいる。
と、半分ほど飲んだところで、キャップを閉めて笑顔でこっちに返してきた。
オレが王子ならばその勢いのまま、一気に飲み干してしまうところだが、なかなか王子は王子っぽい。
同じく笑顔で受け取り、残りをゆっくり数口に分けて飲み干す。
どこかで水を補充しておきたいところだ。
月明かりがそれなりに明るいので、隠し通路のランプは、二つともカバンに仕舞うことにした。
ランプの明かりを消すスイッチを探したのだが見つからなかったので、仕方なく点いたままの状態でカバンに入れたのだが、どういう仕組みなのか? が不明なので、もしかすると、次に取り出したときには使えなくなっているかも知れない。
そうして王子と二人、避難する人々の流れに合流したのだった。




