01-10_ヒーローと『アリエル』
『石板様』の話の続きです。
いよいよ『結界の聖女』の全てを語ります。
01-10_ヒーローと『アリエル』
「なぁ、アリエル君。本当にそれでいいのか。」
「ナナシ君。約束したよね。あたしの行動を止めないって。」
アリエルから告げられた最悪の一言にナナシは言葉を失う。
この明るく振舞っている少女がもうすぐ死ぬ。
なまじ力があり、大抵の事は腕力で解決できるせいか、こういう事への耐性が低い。
止めようとするナナシの言葉をアリエルが遮り、すこし間を置いてから話を続ける。
「えっと、あたしの死に方なんだけど、魔力と名前を『あれ』に捧げた瞬間、肉体が『あれ』に取り込まれて消滅するらしいの。
なんで知ってるのかと言うと、『あれ』の神託の中にあったから。
そしてあたしが死ぬと同時に周りのモンスター達も『あれ』に取り込まれて封印されるんだ。
そして全てのモンスターが封印された後に『あれ』の周りに『大結界』が発生して任務は無事完了。
みんなが助かって、ついでに貧乏なウチにお金も入ってめでたしめでたしと言う筋書きね、結構悪くないでしょう。」
そう言って笑う彼女の顔は僅かに強ばっており、肩が小刻みに震えていた。
今の話を聞いてナナシはいくつか疑問を持った。悲痛に歪んでいたナナシの顔がいつもの無表情に戻る。
「すまない、アリエル君。いくつか聞いてもいいか。」
「うん、いいよ。」
「では、一つ目。『結界の聖女』が死ぬ事を皆は知っているのか?」
「いえ、知らないよ。人が来たら『聖女』の幻影を見せるみたい。」
「そうか、では二つ目。『あれ』の特徴を教えて欲しい。
石板というからにはやはり鉱物なのか?」
「えっとね~。黒くて板状で材質は石というより金属かな。
大きさが人の背丈よりすこし高いくらいで文字か模様か分からないけどいっぱい彫り物がされていたよ。
それから不思議な力を発現させる時にはその彫り物が光ってたよ。」
「なるほど、次に数は自分が倒した数のおよそ100倍くらいと予想するとして、強さはどうかわかるか。
一万倍くらい強い奴はいるか?」
「いるわけないでしょうが!あなたはアホなの!あなたは一体何と戦ってるの!!」
「あぁ、言ってなかったな。自分達ヒーローは怪人、邪神と呼ばれる存在と戦っている。」
「そういう事を言ってるんじゃないのよ!!大体なんなのその怪人とか邪神って言うのは!!!
それはさっきの奴らの一万倍強いの!!」
「そうだな。この間戦った邪神は軽く一億倍強かったと思う。
まぁ本気を出す前に不意打ちで倒したから1000万倍と言ったところか。」
「・・・・分かった。ナナシ君は病気なんだね。
そういうお年頃なんだね。22歳にもなって中二病ってちょっと痛いよ。」
「うむ、君が疑っている事だけはよく分かった。
これ以上は不毛だから話を戻そう。」
相変わらず頓珍漢なナナシの言葉を疑いの目100%でバッサリ切り捨てるアリエルに対して、特に理解を求めず話を進めるナナシ。
アリエルの憐れむ様な目を全く気にしない辺り、ナナシはそういう事に慣れているようだ。
アリエルが息を整えたのを確認してからナナシは口を開く。
「では続きだ。『結界の聖女』が『大結界』の復活に失敗した場合、どうなる。」
「新しい『結界の聖女』がまた神託を受ける。
成功すれば向こう50年は『結界の聖女』は現れなくなる。
でも何回も失敗すると『あれ』から大量のモンスターが這い出て、世界を飲み込むまで止まらなくなる。」
「ちなみに今は失敗した後か?」
「うん、今回は既に2回失敗して『結界の聖女』が犠牲になっているよ。
1回目は記録に残っていたモンスターより遥かに多い数がいた事による失敗。
2回目はその数に対抗する為により多い兵力を用意したけど、それでも足りなかった為の失敗。
どうも失敗する度にモンスターが強くなっているみたいなの。
3回目のあたしは大規模戦力を用意できる状態じゃなかったから少数精鋭で隠密行動に出たんだけどそれも失敗。
最初は10人護衛がいたんだけど、大量のモンスターに見つかってしまってあたしを逃がす為にまず8人が犠牲になって、その後護衛を務めてくれた2人もあなたが倒したモンスターの群れにやられたの。」
この時アリエルの指先は小刻みに震えていた。
おそらくモンスターに襲われる恐怖と味方が死ぬ恐怖を思い出したのだろう。
そしてその恐れの感情のまま、アリエルその大きな緑色の瞳に涙を溜めながらナナシに言い募る。
「だから、ナナシ君には護衛をして欲しくなかったの!
今のあたし達ははっきり言って絶望的な状況なの。ナナシ君は他国の人だからこの国から出れば助かる!
この国はもうすぐ滅びるの。今からでも遅くないからナナシ君はこの国から少しでも離れて!!」
そのアリエルの懇願にナナシは思わず無表情な顔を緩ませる。
『今ならまだこの娘を救える。』
「なるほど、よく分かった。どうやら『あれ』が全ての元凶のようだな。
しかも自分の推測が正しければそれは自分の『ターゲット』だ。」
「へっ!どういう事?」
「早速尻尾を見せてくれたな。邪神『名前ある者の神』。」
ナナシの顔つきが今度は獰猛な笑みへと変わる。
それはまるで獲物を見つけた肉食獣の様だ。
「・・・ナナシ君・・なの?」
ナナシの余りの変貌にアリエルは戸惑い涙が引っ込む。
それを見たナナシは気配を緩めて、今度はアリエルに対してまるで子供をあやす様な優しい表情で語りかける。
「アリエル君。安心するといい。この件の元凶『あれ』は自分が潰す。
日本ヒーロー連合所属_『名無しのフレイム』が。」
「うぐぅ・・どうして・・・」
先程止まり掛けた涙がまた溢れて来た。『結界の聖女』になって以来、『安心しろ』なんて言われた事がない。
『石板様』からの神託を受けてから自分は死ぬものだと思っていた。
それでも皆を守るためなら耐えられると思っていた。
でもあの大量のモンスターによりその役目すら全うできないと思った時絶望した。
「どうして・・か。一言で言えば自分がヒーローだからかな。
ヒーローは平和と人々を守る正義の味方だ。
どこに居ようと、ここが異世界だろうと関係ない。
守るべき人がいればそれを守る、それがヒーローだ。」
「その・・・守る人の中にあたしは入っているの?」
「当然だ。自分は強欲な上に面倒くさがりだからな。
自分は『結界の聖女』や『人柱』なんて生きる事を諦めた存在を守ったりはしない。
今、生きたいと思っている『アリエル』君を守りたい。」
「あたしは覚悟を決めていた。なんでそんな酷い事言うの。」
「君は死ぬ覚悟なんか決めていない。
その証拠にトニーさんの店でパンの耳定食を食べるつもりだっただろう。」
「・・・・」
この人はなんでそんな些細な会話を覚えているのだろう。
こんな臆病者のあたしを彼はどう思うのだろう。そう思うと涙がさらに溢れてきた。
「こうも言ったかな。『あたしを落とそうって言うならもう少し常識を身に着けてからだね』と。
自分がこの国の常識を覚える前にあの世に行かれたら君を落とせなくなる。」
「・・・うぅ・・・うん・・・」
もう涙と一緒に鼻水まで出てきた。
アリエルは自分がこのまま干からびるのではないかと思うくらい顔中から液体を流していた。
「もっともあれは単純にお礼をしたかっただけでナンパではないのだがな。」
「・・・一言多いよ!!馬鹿なの!!!泣いてる乙女がいるんだからしっかり慰めなさいよ!!!」
ナナシの余計な一言にアリエルは怒鳴り声を上げる。
その瞬間、もう止まらないんじゃないかと思っていた涙も鼻水もピタッと止まっていた。
「・・・は・・・ははは・・ははははぁっははっはっははぁはははぁ。」
そうすると何故か無性に可笑しくて、今度は笑いが込み上げてきた。
「はぁ~はははぁ~・・・なんなのよ、あなたは・・もう可笑しい!!」
「・・・・」
安心して笑い続けるアリエルをいつもの無表情に戻ったナナシが少し困惑しながら見つめる。
一頻り笑ったアリエルが呼吸を整えながら、憑き物が落ちた様な表情で言葉と紡ぐ。
「では、ナナシ君にお願いします。
あたしアリエルをシルド砦の『あれ』の前まで連れて行って下さい。
そして『あれ』を倒す事に協力して下さい。」
「確かに承った。その依頼『名無しのフレイム』が必ず完遂して見せる。」
こうしてフレイムとアリエルは滅びの元凶『石板様』を打ち倒すべく、固く手を握り合うのであった。
ここで漸くヒーロー『名無しのフレイム』が動き出します。
次回からフレイム無双が始まります・・・きっと。