344.とある双子のお兄ちゃん
「なぁ、帰ったらすぐAVOな」
「えっ?」
後ろから掛けられた声に、間抜けな返事を漏らす僕。
そんな僕を見て、襟足だけ長く伸ばしている友人Aは、はぁ、と嘆息した。
「まーた、ボケっとしてんな。本当に大丈夫かよ。この前の事故の後遺症か?」
この前の事故とは、先日自転車の二人乗りでトラックに接触しかけた一件のことだろう。
幸いな事に大きな怪我はなかったものの、一歩間違えたら本当に大怪我するところだった。
親にも散々絞られた苦い思い出だ。
「あはは、違うよ。ただ、ちょっと考え事してただけ」
「だったらいいけどよ。で、ゲームの方は?」
「あー、ごめん。ちょっと今日は別件があってさ」
「またかよ。なんか最近付き合い悪くねぇか?」
「いや、ちょっとハマってる別ゲーがあって」
「何、コンシューマ?」
「あ、うん。携帯機」
「ふーん、まあ、いいけどさ。あんまりログインしてないと、レベル差広がっちまうからな」
「あーうん、時間あったら、ソロでもレベリングしとく」
そんなたわいもない会話をしつつ、分かれ道でそれぞれ帰路に着く。
手を振りつつ、相手の姿が見えなくなると同時に、僕は走り出していた。
気持ちが逸る。
早く帰って、昨日の続きをプレイしないと。
だが、そんな焦りがいけなかったのか、僕は角から出てきた誰かとぶつかってしまった。
「痛っ……」
倒れ込んで腰をしこまた地面に打ち付ける。
地味に結構痛かった。
「大丈夫かい。君」
「あっ……」
覗き込むようにしてきた男の人の姿に僕は驚いた。
全身黒づくめで、少しくすんだ銀色の髪をしている。
顔立ちももの凄くイケメンで、男子ながら、思わずトゥンクしてしまいそうだ。
コスプレか何かか?
でも、こんなところで?
だが、一度目をパチクリとすると、彼は普通の黒ジャケット姿に変わっていた。
「あれ……?」
「もしかして、どこか怪我した?」
「あ、いえ……」
差しだされた手を掴み、起き上がらせてもらう僕。
うん、やっぱり普通の格好だ。
髪の色も、普通にツヤツヤした黒色だし。
顔立ちはイケメンのままだけど。
「どうかした?」
「あ、いえ、すみません。ぶつかってしまって」
「いや、俺の方こそ、ボーっと歩いていてすまなかった」
「本当よ」
と、声が聞こえて、初めて彼の傍らに女性がいることに気づく。
これまためちゃくちゃな美形だった。
小柄で華奢な体格、白いコートを着たその姿は、どこかのご令嬢かのようだ。
年齢的は大学生くらいだろうか。
美男美女の学生カップル……くっ、リア充め。
「ちゃんと周りを見てれば、彼も転ばずに済んだのに」
「悪かったよ。ちょっとよそ見しててさ」
「だいたいあなたは昔から……って、ごめんなさいね。なんだか急いでいたようだけど」
「あっ……!!」
そうだった。
早く帰って昨日の続きをするんだった。
「すみません。これで失礼します!!」
慌てて再び走り出す僕。
走りながらもチラリと見ると、2人は僕の背中を眺めて、柔らかく微笑んでいた。
なんだか随分仲の良さそうなカップルだったな。
そんな風に思っていると、また、僕の視界がわずかに滲んだ。
そして、フィルターがかかったかのように見える景色がファンタジーのそれに変わる。
微笑んでいる2人の姿は、まるで、黒い王子様と白いお姫様のようで……。
「いかんいかん。本当に事故の後遺症かよ……」
ブンブンと頭を振ると、僕は今度こそ振り返らずに、全力で家まで走り切った。
「ただいまー!!」
鍵を開け、家の中に入る。
返事がないということは、母さんは買い物にでも出ているのだろう。
靴を脱ぐと、僕はそそくさと居間への扉を開けた。
「おっ、あったあった」
テーブルの端に置かれたままの携帯ゲーム機を手に取る。
妹が帰ってくるまでが勝負だ。
それまでに、今日こそエンディングまでプレイしないと……!
「……って、え?」
物音が聞こえ、視線を左へとずらす。
テレビ台の上で、60インチの大型モニターの電源が付いていた。
そこには、僕がよくプレイしているアークヴォルト・オンラインの画面が表示されている。
そして、その前には、制服のままコントローラーを握った妹の姿があった。
「せいっ!! はっ!! あー、やっぱりこの職業じゃダメね。双剣士にスイッチしよっと!!」
「優愛……」
「あ、おかえりー。お兄ちゃん」
いや、どうして、なんで!?
「部活、どうしたの?」
「先週末大会があったでしょ。だから、今日はお休み」
「そ、そうなんだ……」
そう言えば、この前の日曜は打ち上げで夜も家にいなかったな。
そのおかげで、夜もたっぷりプレイできたんだけども。
いや、それにしても……。
「お前、AVOやってたのか?」
「うん、ちょっと前からね。エンディングのないゲームとか今まで敬遠してたけど、これ案外面白いよねぇ」
そう言いながら、自身のアバターで次々と敵を斬り刻んでいく優愛。
レベル的にはまだ初級者といったところだけど、プレイの腕前的にはすでになかなかのものだ。
いや、端的に言って、僕より上手い……かも。
「お兄ちゃんもこそこそしないで、デュアムンやっていいよー」
「あ、うん……って、えっ!?」
ちょっと待って。
「お前、知ってたのか……!?」
「こっそり、スクロールした一番下にセーブデータ作ってたでしょ。気づく気づく」
くっ、まさか妹に|デュアルムーンストーリー《乙女ゲーム》をこっそりプレイしていたことを知られていたとは……。
まあ、知られていたなら仕方ないと半ば開き直った僕は、ソファに腰掛けるとそそくさと携帯ゲーム機の電源を入れた。
クレジットが表示され、ゲームのテーマソングが流れる。
うん、この笛の音が特徴的なテーマ曲がまたいいんだよなぁ。
「で、お兄ちゃんの推しは?」
こちらには目も向けず、ボスクラスのモンスターをぶちのめしながら、優愛がそんなことを聞いてくる。
「いないよ。興味本位でやってるだけだし。悪役令嬢キャラの声が好きな声優さんだったから」
「ふーん。まあ、いいけど。つまったら、教えてあげるから言ってね」
「優愛に頼らなくても、ちゃんとエンディング迎えて見せるっての」
セーブデータを読み込む。
再開地点は、聖女試験の最終段階である第5の試験の途中だ。
悪役令嬢であり、ライバルであるセレーネとの戦いも佳境に入ってきた。
まあ、ステータスは十分育ってるし、あとは選択肢さえ間違えなければなんとかなるはず。
それにしても、このセレーネって悪役、なんか憎めないんだよなぁ。
好きな声優さんが声を当ててるっていうのもあるけど、どこか他人に思えないというか。
……って、悪役令嬢キャラを他人に思えないとか、何言ってんだろう、僕。
「さて、と……」
この聖女試験が終われば、いよいよ最後の選択肢が表示されるはずだ。
コツコツとフラグは積み上げてきた。
ルートに入っているのは間違いない。
初めてこのゲームに触れた時から、最初に攻略するのはこのキャラしかいないとなぜか思っていた。
そして、攻略を進める毎に、その人間性を知って、ますます好きになった。
ゲームのキャラだというのに、この人と添い遂げられる女性は幸せだろうな、なんて考えたりもした。
「よし……!」
最後の選択肢が表示される。
聖女になるか。それとも、フラグを立ててきた攻略キャラとの幸せを選ぶか。
僕の選択はとっくに決まっている。
現れた選択肢の中、僕は迷いなく、彼の名前を選択したのだった。
これにて、完結です。
最後まで、お付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました!!
読後のご評価いただけますと、次作のモチベーションにも繋がりますので、何卒、宜しくお願い致します。(ブクマは剥がさないでいただけると、とてもとても嬉しいです)
今後の詳しいことは、活動報告にてご報告させていただきます。
また、新作の投稿を始めました。
『メールワールド』https://ncode.syosetu.com/n5077hu/
『キミの母乳で育ちたい!!~2度目の人生でも親ガチャに失敗したようなので、異世界美少女にバブみを感じてオギャりたいと思います~』https://ncode.syosetu.com/n4943hu/
上が女性向け、下が男性向けのつもりで書いていますが、どちらも読んでいただけると嬉しいです。




