イモリの託した夢
ジャンルは「純文学」です。
定義が
目的のない、詩的なストーリー。
ストーリーの展開で読者の興味を引くよりも、
主人公の受けた感情を細かく、味わい深く表現。
というなら純文学でいいのかな・・・。
恐ろしく稚拙ですが主人公の熱情を気取った言葉で飾りたくなかったので仕様です。(っていうか実力の限界でもあるけど(笑))
夜のうちにイモリがバケツから逃げ出した。
朝、嫁が大騒ぎをしていて私は起こされた。ひどい夜型で朝方眠る私にとって起きているはずもない時間の出来事だ。
なんでもイモリはたまに共食いをするそうで、片手を食われた一匹を保護するためにバケツに移していたらしい。片手もないのに小さなバケツをよじ登りその縁から飛び降りて、そのまま消えた。
そういえば幼い頃に買ってもらったカブトムシも自分で籠を飛び出して数メートル先で死んでいた。彼らは籠の中でなければ生きられないのに、それでも目の前に開けた未来に夢を見るのかもしれない。
バケツの中よりもはるかに高い天井や広い壁、見渡す限りのフローリングの床の上を、イモリはどのような気持ちで歩いたのだろう。脳裏にはなぜかおどおどと端を駆ける姿よりも、のしのしと勇壮に歩くイモリの姿がよぎった。
イモリはいた。
四角い部屋の端のバケツにいたイモリは、対角の隅で足拭きマットの下にもぐりこんで干からびていた。
体を埃まみれにしている。この辺りにこんな量の埃はないから、ソファの下や冷蔵庫の裏を経由してここにたどり着いたのだろう。探し方がまずければそのまま踏み潰していた。
イモリは干からびている。が、私たちに気づいてかすかに動いた。身体の水分を失い、普段よりも一回り小さくも見える彼はいびつに曲がったまま、虚ろに夢の終着点を見つめていた。
嫁は急いで先ほどよりも大きなバケツに水をためると、全身の機能を失いかけているイモリの顔だけを出すようにしてそこへ浮かべた。そのまましばらく眺めていたが動かない。駄目かもしれない。
私は普段起きていない時間のテレビをつけた。朝の情報番組がやっている。今日のゲストはデビュー20周年を迎える有名なロックバンドであった。
彼らは夢を唄っていた。
~~夢を忘れるな。夢を夢として終わらせるものか。夢を諦めないでほしい~~
いつか僕が強くなることができたら、その時は大きな声でこの歌を歌おう
言葉に斬新さなどはない。ありきたりの内容をひたすら素直に歌っている。
そんな、使い古されたかに思える言葉が、夢に干からびかけている私の心を圧倒的なみずみずしさを持って通り過ぎていった。
水なしでは生きられなくても、イモリはバケツの外を夢見た。その小さな頭にあの歌詞のフレーズがよぎったとは思えない。それでも、イモリは身を呈して私にその歌を聞かせた。イモリが死を賭して無限の世界へ飛び込まなければ、私は今日の詩を聞くことはなかった。
あれは、彼が身を持って訴えた自身の心だったのだろうか。
あるいは歩ききった気になっている私に、「干からびるまで歩いてから夢を語れ」と伝えるためのものだったのか。
バケツの中の二人は干からびたままだ。しかし目だけは虚ろに何かを映している。
その身体に水が戻ったら、もう一度バケツの外へ飛び出す未来を映している。
イモリの託した夢の詩に身体を浸して、再び私の目は、バケツの縁までの絶壁の終わりを、睨み映している。
フィクションです。
歌詞は元ネタがありますが歌詞の引用NGだったと思ったので似たような表現に差し替えてありますので問題はないと思います。が、どうだろか・・・(笑)




