無駄なこの世、無駄のないあの世
ある日、一人の男が自殺をした。
さしたる理由もない。無駄のようにしか思えない毎日にほとほと嫌気がさした。
日々を無駄に過ごし、自分の行いがなんと無駄なのだろうと感じ、生きてることそのものに無駄を感じ…その結果が死の選択であった。
死は、成功したらしい。
なんともいえない感覚だ。自分の眠る部屋を上から見下ろしている。下では自分と同じように、自分の死体を親や兄弟が見下ろしていた。暗く沈んだ雰囲気の中で、時折鼻をすする音だけが、部屋の空気を揺らしている。
悪いことをしたような気になったが、不思議とその思考が後悔に行き着くことはない。無駄に消費するだけの動物が一人減ったのだ。今は悲しいかもしれなくても、結果有益なのだろうと真剣に思えた。
やがて、自分を迎えに来る影をみた。
全身黒ずくめの、フードのついたマントに身を包み、息遣いすら感じない無機質な人影が、気がつけば隣に立っていた。
「一つ質問したい」
男は死体の自分を見下ろしたまま、声だけをその影に向けた。
「人間は、何のために生まれてくるんだろう?」
その影の表情などは一切わからないしそもそも人の言葉を解せるとも思えない。が、男は気にも留めずに続けた。
「俺は物心がついてから、毎日が無駄に思えてしかたなかった。俺だけじゃない。誰のなんのおこないも、本当にそれが必要なことなのかを考えると、すべてが無駄に思えたんだ」
「必要」とはなんだろう。生きるためにしなければならない究極は「食べて寝ること」だけだ。だが、それだけに生きることに何の価値を見出せばよかったのか…。
彼は自分の生きる意味の疑問符を、延々と並べ立てた。
誰かに聞きたかった。死ねばわかるのかもしれないとおもっていたが結局わからない。だから、ここを逃せば、それこそ永遠にその答えは見つかるまい。
…ひとしきり言葉を投げつけるとしばらくの静寂が訪れる。黒ずくめの方はまるで石ころのようにたたずんでいたが、
「こちらの世のことはわからない…が」
やがて、そよ風のようなやわらかさで、静かにこう告げた。
「今から行く世界は、一瞬たりとも無駄のない時が永遠に続く場所だ。寸分の狂いもない完全な世界の住人となるのだから、そのような疑問を感じることもその暇すらあるまい。よかったな」
男は、なぜだか急に現世に帰りたくなった。




