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つかれた男

 彼は疲れていた。

 身体が重い。なにをするでもすぐに気力が萎え、へたばってしまう。

 一本数千円もする滋養強壮剤を飲んでみたり、仕事を一日休んで日帰り温泉に半日浸かってみたり、セラピーのようなものを受けてみたりもしたが、まるで分銅でもついているのではないかという重力感が、身体から取れない。

 太ったわけではない。親が偏食のために病気を患ったことを教訓に、食生活はだれよりも……とまではいかないまでも、人並み以上に気をつけている。おまけに健康維持のため、スポーツクラブに通い適度な運動を心がけている。彼の身体は引き締まり、余計な脂肪がつく余地もない。

 医者にも行ってみたし、整体にも行ってみた。

 人間ドックなども受けてみたが、その数値はまるで二十代前半とまごう良値である。医者で異常が判断されることもなく、整体師は「腰の辺りの筋肉が少しこってますね」と言い、ほぐしてくれたが、根本的な解決に至っていないことは、数日経った今、変わらぬ身体の重さが示している。

 そういえば二ヶ月ほど前に彼は有給を使って、探検と称した旅に出ていた。

 一週間に一度、人が降りるかという秘境駅を降りて、大自然の花や緑に触れながら、透くような空気の中で、勾配のある山道を登っては降りた。

 そんな場所でも食う寝るところに困らないのが日本のすごいところだ。

 安い民宿に泊まり、必要最低限に食べ、森を歩いては渓流のせせらぎや泉に映る山々を、長いこと眺めたりもした。

 古いお堂もあった。

 昔、何かが祀られていたのであろうそのお堂は今は朽ち果て、半分草木と同化している。石段など、ところどころ崩れていて脚を取られる場面もあったが、彼は興味の赴くままにそのお堂を見て回り、一角にある岩に座り、弁当を食べて、しばらくその廃寺に流れている空虚と、うら寂しさを堪能して帰った。


 男は知らない。

 大昔にはここに村があったこと。

 ここが寺となるさらに昔、神社であったこと。その神社では山の神を静めるために人身御供を奉げる風習があったこと。

 そして、その岩こそ、贄を要求する神が宿る神物であったこと。

 村人たちはこの岩を恐れ敬い注連縄をかけて、普段は決して近寄らなかったこと。

 そして、この岩に宿る神は今も生きており、人間に腰掛けられるなど言語道断であったこと。


 彼は、憑かれていた。

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