幕間 『夏休み初日?』
東京都、帋坐。
叶訪に次ぐ発達都市であるそこは、様々な店舗を構えたデパートなどが多く、買い物を目的に遊びに来る人がほとんどだ。
平日でこそ人の多さは図り知れず、休日ともなればその数はテーマパークかと思うほど人であふれかえっている。
特に帋坐の大通り。そこは数々のデパートがひしめきながら、古くから続く和菓子屋などが点在していることもあって、少々値は張るがお土産にと買いに来る人も多いそうだ。
東京郊外の百合ヶ丘ほどではないが、都心であるここ帋坐の物価は割と高い。
決して高校生が遊びに来るような場所ではないと言うのは確かなことだ。
そのこともあって、帋坐の街並みには、学生と呼べるほど若い人がいない。それがこの街の弱点でもあり特色でもあると言えるだろう。
そこの大通りから、派手なフェラーリがエンジンを吹かせて走ってきた。
平べったいフォルムに輝く鮮血の色。その中に二人の男女の姿が見て取れた。
「はぁ…………」
車内後部座席で、浅く腰かけて腕を組み目頭をぎゅむとつまんでいる女は、気だるげに吐息を漏らしていた。
後ろで括られた髪の毛に、ぴしと着込まれたパンツスーツの女は、堅苦しい銀縁の眼鏡のレンズから、鋭く冷たい視線を覗かせる。
運転席に座るサングラスを掛けた男は、バックミラーでその姿を見ては、にかっと白く尖った歯を見せる。
「おいおいホーガちゃんよぉ、折角の休日だってのにそりゃないんじゃないのか?」
「その呼び方はやめて下さいと何度言えば宜しいのでしょうか。それに、『そりゃ』と言われても何の事なのか説明もなしには分かりません」
男の言動を突っぱねるように女は、眉間に皺を寄せる。
男はそれを、いつものことのように受け取ってから愉快気に笑う。
「まぁまぁ、俺とホーガちゃんの仲じゃない。それに、俺が言いたいのはその服のことだよ。仕事着じゃないか。お洒落ぐらいしなよ。今どきの女子ならそれくらいしないと。折角の綺麗な顔を台無しにしちゃいけないよ」
「何ですかそれ、気持ち悪い。それとこっちの方が落ちつくからです。寧ろ貴方はもう少し身なりを気にするべきでしょう。社長というバックがいるから文句が言えないだけで、ちゃんとした格好をしてほしいと思っている人も大勢います」
女は呆れながらも、叱るように男へと投げかける。
休日とはいったものの、彼女にとっては普段となんら変わらないものであった。
「ふぅっ~。お説教ですか。いいんだよ、社長が良いって言ってんだから」
「だからそのせいで社員は迷惑していると言っているんです。貴方がそうやってだらしない格好をしているせいで、社員全体の意識問題に関わってきます」
女は眼鏡のブリッジを押し、眼光をより鋭いものへと変えて行く。
男の恰好は紅いTシャツの上にフードのついたロングパーカーを羽織っている。
そしてスキニーデニムにブーツと言ったものだ。
それだけならば一見おかしいところは無い。寧ろ休日なのだからそれくらいの格好をしていても誰も気にも留めないだろう。
しかし、実は事情が違うのだ。
男がこの格好をしているのは、休日だからとかそういうのは関係ない。
平日、仕事をしている時でもこのような格好なのだ。
普通はスーツなり、それに近い格好というのが社会人として当たり前だろう。しかしことこの男に関してはそれに当てはまらない。
いつ何時でもパーカーにデニム。そしてブーツと言った具合である。
極めつけはこのサングラスであろう。ただでさえ威圧感のある屈強な体躯をしているのに、サングラスと言う目元が見えない物を掛けているとなると、それは一種の恐怖すら相手に与えてしまう。
だから女は、常々男に言っていたのだ。その格好を改めろと。
今回のそれは一体何度目かもわからないようなものであったのだ。
そして男もそれを承知であるため、やれやれと言った感じで肩を竦めながら笑っている。
「って言われてもねぇ~……」
「はぁ……全く、専務がそんなんでどうするんですか」
「なんにもせんむ……って言うじゃない?」
男が放ったその一言に、女はより一層眼光を鋭くする。男は苦笑いを浮かべて視線をフロントガラスへと戻した。
「とは言え俺はちゃんと仕事はしているし、社員だって別にそんな……」
「そう思っているのはあなただけです。社会人として当然のマナーも出来ないようでは、幾ら社長が許そうと、周りの人間が許しませんね」
こりゃ手厳しいと男は笑う。
「当然のことです。社長がいるから社会に留まって入れますが、実質的には社会から見放されていますからね?」
そこに一切の冗談なぞないとばかりに女は言う。
残酷すぎる鋭利な言葉のナイフが男へと突き刺さる。
それを受け、冗談めかすように苦しげに胸を抑える仕草をする男。
「危ないですからちゃんと両手でハンドルを握ってください」
そんな男を馬鹿を見るような目でぴしゃりと言い放つ。
男は乾いた笑いをして、肩を落とす。
信号が赤になるのを見て、ブレーキを掛け、右折をするためにウィンカーを出す。
人が渡って行くのを見て、ワックスで固めた髪をさらっている。
厚い胸板と大きな背中をシートに預けながら、皮手袋を嵌めている手でハンドルをとんとんと、ウィンカーの音に合わせて小気味よく叩いている。
後部座席の女は、明らかに嫌気がさしたような溜息を洩らしながら、ドアの取っ手へと肘を置きながら窓の外を眺めていた。
「第一、何故その折角の休日に犬塚さんと帋坐何かに来なきゃいけないんですか。休みをもらったとはいえ、私にはやることが一杯あるというのに」
積みに積まれた仕事を思い出し、女はうんざりとした顔をして腕を組む。
落ちつかない感じでとんとんと肘を叩いている。
「まぁまぁ。ホーガちゃんガンバリ屋さんだから、社長が気を利かせてくれたんだよ。凝り過ぎた肩は、ほぐさないと全体へ悪影響を及ぼす。息抜ける時に抜いとかなきゃ」
先ほどと変わらず笑顔でありながら、その言葉はからかうものでなく、本心から言っていた。
ホーガと呼ばれた女は眼鏡の位置を正すと、目的地へと着いてしまったことに嘆息を漏らす。
「だからそれが何故、貴方のサングラスを選ぶのに付きあうということになるんですか……」




