92話 夏だからに決まっている
楽しい時間と言うのはあっという間だ。
さして楽しくも無いとか思ってはいたが、皆で海で遊ぶと言うのも中々に悪くない。
日焼けと言う点が少し気になるが、そこはまぁ夏らしく遊んだ証拠として刻んでおけばいいか。
そうして今は夜となり、テラスでバーベキューという形になった。食料の方は匣さん達が持って来てくれたらしく、俺らはそれを御馳走になっている。
バーベキューなんてのもいつぶりだろうな。父さんが家にいた頃もあまりやらなかったからな。
シャキシャキと甘い玉ねぎを食しながら、そんな事を思う。
空を見上げれば、星々が煌々と輝いている。
都会では見れない幻想的な光景。それだけこの島の空気が澄んでいると言うことだ。
なんだか、心が洗われるようだな。全ての穢れを忘れさせてくれるような、そんな感じだ。
「なーに黄昏てんだよ! ほら食え、食え!」
と、人が綺麗な空を見て感傷に浸っていたら、匣さんが俺の口にタンドリーチキンを突っ込んできやがった。
骨がガリと当たって痛いが、うむ、こりゃ美味い。
「これ食べた後は、花火するからな! しっかり食べて、しっかり遊んで、しっかり休む! 楽しむぞ~!」
まるで子供が如くはしゃぐ匣さんだが、今日ばっかしは俺も、その意見に賛同しようと意識が変わっていたのだ。
俺の手の中では今、緑から黄色へと色を変えながら炎が燃えていた。
弾け飛ぶ火の粉はまるでシャワーのようであり、その色もあってか鮮やかで綺麗であった。
花火だなんて、所詮は炎色反応でしかないというのに、何でこんなにも綺麗で人の心を引き付けるのだろうか。
その色と言うのも可視光線と呼ばれるものを知覚しているから見えているだけだし……。
結局、俺らが生きて行く上で、科学は切り離せないものなんだよな……こんなことを言う人間はあまり好かれないが。
「へへっ……綺麗だね、ライ君」
俺の右隣りにしゃがみこんで、桜は線香花火を慈しむような目で見ていた。
匣さん達がねずみ花火ではしゃいでる中、悦受が手持ち花火を両手持ちしてクルクル回っている中、そして俺が手持ち花火を生き良く燃やしている中、隣でしゃがみ込んで線香花火に熱を注いでいる桜。
非常に危ない。桜の顔のすぐ真横に花火が火を吹いている感じだ。
そのため、俺は桜から距離を取ってみたのだが、何でか知らないが桜は、しゃがみこんだ体勢のまま、ぴょんぴょんと跳ねてこちらへと近づいてくるのである。
「お、おい! あぶねえだろうが。少し離れろって」
「う~ん。大丈夫だよ~そこはほら、ライ君が手を避けてくれればそれで。というかさぁ~! ほら、一緒に線香花火やろうよ」
桜は満面の笑みで、まだ火をつけていない線香花火を俺に渡そうとする。
夏、夜、友達、花火。
ついでに言えば普段と違って片耳だけ髪をかけており、素足でサンダルと来た。
これでも俺は男だ。こういうわかりやすいシチュエーションに弱かったりするのだ。
だからだろうか、俺は手持ちの花火が消沈していくのを見て、桜の隣へとしゃがみこんだ。
ちらと隣を見る。
「っ!────」
思わず顔を逸らしてしまった。
さっきまで上目遣いであった桜の視線は、隣にしゃがみ込んだことにより同じ目線の高さとなったのだ。
それと予想以上に距離が近かったと言うこともあって、普段から大きい大きいと思っていた眼が、より一層大きく感じられて変な気恥ずかしさを感じた。
くりくりの目に見つめられてる。反射で俺自身の顔が見えそうなほどにだ。それだけで何だかざわざわとした思いを感じてしまったのだ。
「ん~? ライ君どうしたの。やろうよ、ほら」
桜は眉根を下げて、線香花火を俺へと促す。
このよく分からない鼓動の早さを落ちつけるためにも、ここで桜から花火を受け取っておいた方がいいかもしれん。
そう思った俺は、大人しくそれを受け取り火をつけた。
「あ! どっちが先に落ちるか勝負しようよ! 負けたら相手の言うことを聞く。それでどう?」
桜は首を傾けながら、目を細めて悪戯っぽく笑う。
「ばっ……!──俺もう先に点けちゃっただろ! どう考えても不利だろうがっ」
手元には、紅く球が膨らみ始める。
桜はそれを見て、慌てて火をつける。圧倒的不利とはこういうことをいうのかもしれない。
バチッという音を皮切りに、激しく火花が炸裂する。
鈴虫の鳴き声に花火の音、…………そして悦受たちの馬鹿笑い声。
最後のさえなければ純粋に楽しめたかもしれないが、まぁそれもそれでいいじゃないか。
一人ではなく、皆と来ているんだ。それくらいの許容はして見せよう。
綺麗だ。
そんな陳腐な言葉しか出てこないが、今はそれで良い。たまには何も考えず、無邪気に楽しむと言うのも、悪くは無い。
「あ、落ちた……」
勢いを弱めた火花は、そのまま鎮まり、玉はそのまま地面へと落ちてしまった。
隣を見れば、未だ火花を撒き散らしている桜の姿があった。
そうして俺の方を見やると、心底嬉しそうな顔をして笑いやがった。
「へへ~私の勝ちだね。さぁ~て、何を聞いてもらいましょうかねぇ~」
線香花火を持っていない右手で、指先をくねくねとさせながらにたりとした笑みを浮かべる桜。
てかお前から持ち出した話だろう。考えとけっての。
桜は暫く考えるような素振りを見せると、俺の目をしっかりと見据えた。
まただ……またこの奇妙な感覚だ。
桜の大きな目に、線香花火の火花が反射して煌めいている。それは宛ら宇宙のようであり、俺の心を惹きつけて離さなかった。
目を逸らしたい。呑まれてしまうから。目を逸らしたい。自分が保てなくなるから。
だけど、逸らすことができない。
何故だかわからない。どうしたらいいのかも。このまま桜の目を見続けるのは良くない気がする。
というか俺の鼓動の早さがそれを物語っている。これ以上見続けていたら破裂する。確実にだ。
逸らせ、逸らせ、逸らせ……。
どんなに足掻こうと、俺の前で微笑む桜の目から、視線を外すことができない。
全てを慈しむような双眸で、桜は膝を抱えて恥ずかしそうに微笑む。
そうして口元まで膝で覆い隠すと、目を伏せてちらちらとこちらを見ていた。
「あのね……? 私のこと、舞園さんじゃなくて、桜って呼んで欲しい……な?」
それはいつかも言ったような言葉であった。
しかし、その時と違って何故だか今の桜の言葉には雰囲気があった。
そう、色気……とは違う。それとはまた別の…………可愛さがあった。
「っ────────」
顔がみるみるうちに紅くなるのを自覚した。
恥ずかしい。とてもじゃないが桜の顔を見てられない。自分がおかしくなりそうな、そんな感覚だ。
俺は口元を覆い隠しながら、桜から顔を外した。
暑い。暑い。──熱い。
今日の俺は少しおかしい。そうだ、このシチュエーションのせいだ。場の空気に呑まれているだけ。
そうだよ、そうに違いない。じゃなければあり得ない。あり得るわけがない。
桜のことが、可愛いと思ってしまうなんて。




