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「......エリーチェ」
心臓が変な動きをする。
美人に嘲られた。馬鹿にされた。一緒にいる、婚約者であるロジェに恥をかかせた。
恥ずかしくて俯きそうになるルファを、ロジェは背中にかばってエリーチェを軽く睨む。
エリーチェは悪びれもせず微笑した。
「レグラン様にお話があるからもう行くわね。お幸せに」
優雅にお辞儀して知り合いの貴族の元へ歩いて行く彼女を見つめ、ルファは自分を見下ろす。
ふわふわのシフォンドレス。宝石を散りばめた髪。いつもより濃い化粧。
自分に似合っているのだろうか。グルテやレグラン、ロジェも褒めてくれた。
──本当に?
子供が背伸びをして頑張っている、そんな風になってはいないだろうか。ほとんど灰色しか着たことのない自分が、こんな可愛いドレスを?
どんどん暗くなっていく考えに、自分の視線も下に下がっていく。
「ルファ?」
ふと、名前を呼ばれて、真っ黒な手袋をはめたロジェの指が、ルファの頬を撫でた。
ぱっと顔を上げて驚いていると、ルファの小さな手を握り締められる。
「大丈夫。君は綺麗だよ」
何の根拠があるのか、とか。もう関係なかった。この人がそう言ってくれる。
他の人にどう思われていようが、彼がそう言うなら、ルファは俯いているべきではない。
自分の根暗さが嫌になる。なぜ、暗い考えしかできないのだろう。
ルファを気づかって、そばにいてくれる人がいるのに。
ルファは大きく息を吸って──ばっちん、と勢い良く自分の頬を叩いた。
「ル、ルファ?」
驚いているロジェにルファは笑顔を見せた。
「大丈夫です。ありがとうございます、ロジェ」
誰にどう思われたって、関係ない。婚約者であるロジェさえルファを見ていてくれれば、何だっていい。
自分に似合っているなんて気にする必要はない。ロジェがそう言うなら、そうなのだから。
ルファにとって、それがきっと最優先事項なのだから。
***
貴族達は遠巻きにルファを見ては話し、また見ては話しの繰り返し。
ルファだってそんな人達と仲良くなりたくはなかったし、ロジェも友人と話しをするために離れてしまっているから、あまり一人で行動しないほうがいい。
壁の花になって、ロジェが離れる前に取ってきてくれたジュースを飲みながら、ホールを眺める。
ルファにとっては、自分の格好は結構派手な部類に入るのだが、こうして会場を見てみると、孔雀にも引けを取らない派手な貴婦人、淑女達がいる。
誰の目を引きたいのか知らないが、よくそこまで出来るものだと感心する。
「あれ、君の婚約者は?」
いきなり話しかけられて、持っていたグラスを危うく落としそうになる。
見れば、 いつの間にか隣にいたレグランが口をへの字にしていた。
いつ、どうやって、とか考えている余裕はない。
「えと、ロジェは呼ばれて……」
「レディを一人にするなんて、あの馬鹿息子。悪い虫がついたらどうする」
「私なんて誰も相手にしませんよ」
「そんなわけないだろう」
考える暇もなく否定され、ルファは苦笑した。
そのままロジェを探しに行くレグランを見送り、なんだか照れくさくて身じろぎする。
この家の人は、なぜこんなに優しいのだろう。
今までにそんな経験はなくて、少し戸惑う。
「ねえ、ルファ」
グラスにわずかに残ったジュースへ口をつけていると、にこやかに笑うエリーチェに呼ばれた。
「少し、あっちで話さない?」
ホールを歩く給仕にグラスを渡し、ルファはエリーチェに誘われるまま人気のないテラスへやっ てくる。外はかなり冷えていて、何か上着が必要だったかと考える。
「なにか、私にお話でも?」
寒さを絶えながらエリーチェに尋ねると、彼女はそれまで浮かべていた天使のごとき微笑を実に意地悪そうな顔へ豹変させた。
本来なら綺麗な顔に不釣合いなその表情は、それでも彼女が美人だと思うだけだ。
「本当に人魚なの? 凄い髪の色ね。中途半端な色」
ルテリア公国に黒髪は珍しくない。黒髪なら蔑まれることもない。
だが、灰色はその半端な色が癇に障るのか、人魚から疎まれ、人魚のくせに褪せた髪色が許せないのか、貴族達には嫌がられる。
「ロジェはあんたのどこが良くて選んだのかしら」
そんなの、ルファの方こそ聞きたかった。なぜ自分のような人魚の欠陥品を選んだのかと。
「──あんた、邪魔なのよね。どっかに行ってくれない?」
ひやりとした声音に体が竦む。
しかし、ルファは足を踏ん張ってエリーチェを見据えた。
「い、嫌です。ロジェが私をいらないと言うまではそばを離れません。それに、私だけの独断じゃ、何も意味はありません」
ルファは人魚館から引き取られた。
いくらかの値段で普通は買われる。ルファは小銭程度だろうが、それでも所有権はハーキントン家、もしくはロジェが持っているのだから、ルファ一人で決められることではない。
仮にエリーチェの言葉に頷いても、それは何の意味も持たない。
「……意外と反抗的ね。可愛げでもあったら勘弁してあげたのに。いいわ、せいぜい後悔しないことね」
意味深な言葉を吐き捨て、エリーチェは踵を返して会場へと戻っていく。




