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あいつがいなくなってから20分。音沙汰もないところを見ると、やはり失敗したのだろう。
…クイーン。その名前を思い浮かべるだけで、背筋に寒気を感じる。
勝てる見込みなど1%もないだろう。それなのにボスはなぜ俺たちを向かわせたのだろう?
プライドなのか、意地なのか、俺には何もわからないが。
ちらりとマンションを見やる。外から見ても何の変化もない。
ふう…と大きなため息をついて空を見上げた。
一体、俺は何のために?
誰も答えられるはずのない問いかけは、少しずつではあるが強ばりをほぐしていく。
自己暗示のように自分に言い聞かせる…理由なんて必要ない。ただ任務を遂行する。それが俺の役目であり、生きる証。
何も考えないようにして、一歩ずつマンションのエントランスへと近づいた。
キラリと胸から下げた馬をあしらったペンダントが光を反射する。それこそが自分の存在の証明。
事態は急を告げる。
シンから洩れた情報が、俺たちを危険に晒している。ただ、それを責めるなどできるはずもなく。
もう現実は、実際に動き出してしまっているのだから。
沈黙はより一層不安を募らせる。
事実を事実として受け入れるまで、二人の間に静かな時間が流れた。
『…たぶんもうすぐ…ナイトが来るわ』
初めから決まりきっていたかのように、リコが告げる。
…どこからその情報を得たのだろう?
たぶんPCからだろう。そしてそれは、他に内通者がいることを示す。組織も一枚岩ではないのだろう。大きくなればなるほどに、派閥は増え、統制は取れなくなるものだから。
「それで…俺はどうすればいいんだ?」
理解した上で、少しでも自分の役割を探す。
ちょっと困った表情をつくり、柔らかに微笑みを返すリコ。
きっと俺ができることなど何もないのだろう。初めからわかっていたこと。それなら、俺は盾になろう。身を投げ出せば、一度くらい守ることができるはず。
いつ来るのかわからない不安に押し潰されそうな気持ちを、彼女を守る、という意思に変えて。
いつでも動き出せるように、壁に背中をつけて、軽く肩を回した。
『…唯人さん…』
「何も言わないでくれ。俺に力なんてないのはわかってる。だけど、君を守りたいんだ」
そう告げて、割れた窓に近づいた。
きっと来るのなら、正面ではないだろうから。
そう思った瞬間、予想に反してインターホンが鳴り響いた。