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確かに説明してくれと心が叫んだ。
だけど、目の前の光景にそんなことに意識が向くはずもなく。静かに話し出す、リコの口が動くのを目で追った。
『こいつは"実行部隊"。…その中でもポーン。チェスはわかる?ただの駒。文字通り兵士なのよ』
…いきなり次元のぶっ飛んだ話に、頭が回らない。ただ文字を追うのが精一杯で、理解などできずにいた。だから、とりあえずそれを聞くだけに集中した。
質問など後でできる。そう思うことにして、次々と一呼吸で話し出すリコについていかないと。
意識を切り替えて、唇を見つめていた。
『失敗。…そうあなたに言ったよね?あれは…失敗でもあるけど…そうならないかもしれないって今なら言えるわ』
一つ一つの言葉を噛みしめるように砕いていく。
『こいつが来た時点で確信したわ。きっと…相手は"ナイト"』
…ナイト。ビショップでもなく、ルークでもない。縦横無尽に飛びはね、神出鬼没に敵陣を切り裂く。
直線的に動くのではない。きっと変則的に。こちらに近づいているのだろう。
俺の思考を読んだ上で、小さく頷く。
『だから…いいのよ。今ここで直線的に攻められるのは、形勢的にも不利。それはわかる?』
俺もこくりと頷いて、同意を返す。
『…実はね、シンは生きてるわ』
「えっ?」
思わず聞き返してしまう。きっと驚いた表情をしたのだろう。それほどの衝撃があった。
…シンが生きていたなんて。
間違いなく、始末されたと思っていた。その事実が嬉しくて。
『…おめでたいわね…どうしてここにコイツが来たと思う?』
足元に転がるウオッチマンを指差して、あの冷たいすべてを凍らせるような顔をする。
…言葉が指す意味。それは…残酷な想像。
「裏切った。そういうことか…」
僅かな沈黙は、肯定を示す。
『…正確には寝返ったとでも言うのが正しいわね。あたしたちの情報を流すことで、ボスに尻尾を振ったのよ。きっと…何日かだけ生き延びるために、ね』
それが悲しいのか、空しいのかわからない表情。たった何日かだけでも、生き延びたいのは当然だろう。それを裏切りと思うには…俺にはできなくて。
俺がシンでも…きっとそうしてしまうのではないか?
そっちの世界では、それが当たり前なのか?俺が足を踏み入れたのは…そんな世界なのか?
次々に吹く嵐。二人の間を引き離すように。それはまだ入口にすぎないんだ。