-70-
まるで月のようだ。日ごと形を変え、追いかければ逃げていく。
目の前に対峙しているのは確かにリコなのに、拭えない違和感が胸のどこかを締め付けた。
「一体どうして君が」
つい声も大きくなる。あの時の涙は…嘘だったなんて思えなくて。
『どうして?言ったでしょう?あの子の帰る家はあそこしかないの』
「…ただ君にもあの手紙だけは読めなかったはずだ。あの紙飛行機だけは。それなのに君は」
『…逆よ。あれを見てしまったから…あたしは…』
「…違うな。止まれない言い訳をそのせいにしているだけだ。君が心を開いた弟のせいに」
『やめてそれ以上言ったらいくらあなたでも許さない』
「どう許さないんだ?何度でも言うさ。お前は全てを弟のせいにした卑怯者だ」
スッと胸元から取り出されたのは、ベビーコルト。手の平に収まりそうな22口径。
『これでも人は殺せるわ』
怪しく光る瞳。冷たく濡れた唇が僅かに持ち上がる。
「君には撃てない」
『どうかしら?』小さく小首を傾げて、セーフティロックをはずし、銃口を向けた。
心臓の音が聞こえる。ドクンドクン…これが生命の音か。走馬灯は見えない。視線は外さない。
「考えればわかることだ。君は自分の手を汚すことはない。傷つきたくないから。弟の死からも逃げている君には、そんな勇気さえない」
『馬鹿にしないで』
頭に突きつけられる銃口にも、どこか冷静なのは、あまりにも非日常過ぎるからなのかもしれない。
「リコ。もうやめないか?自分に嘘をつくのは…」
『嘘なんかついていないこれが本当のあたしよ』
人差し指に力が入る。小さな震え。
「…なら撃てばいい。その震える指に力を込めればいい」
死んでもいいなんて思ってない。だけど…命ぐらい賭けなければ、きっとリコは止まらない。
静かに下げられる右手。
『唯人さん…あなた本当に馬鹿ね…』
「かもしれないな。でも仕方ない。…性分だからな」
『だから…あたしは…きっとあなたを…』
…言葉にはならない。でも痛いくらい伝わる。空気なのか、感覚なのか。
カツンと右手から銃が落ちる。
…やっと戻ってきたね。