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無言のまま降りようとしないリコ。彼女の望みはなんだろう?一体、俺はどうすればいいんだろう?
「リコ。…もう帰らなくちゃ…」
『うん…』
恐らく空返事だろう。気のない返事は宙を舞う。紙飛行機を見つめたまま、焦点さえ合っていない。
俺は肩を掴んで強く揺さぶった。まるで振り子のように揺れる細く白い首。
「リコ目を覚ませ」
強い呼びかけも空しく、車内に響くのは俺の声だけ。本当に…壊れてしまったのかもしれない。あまりにも強いショックで。…医者に見せるべきだろうか?
いや、それしかないのだろうが…俺はあまりにもリコを知らなすぎる。住所も、年齢も…名前すら…危うい。彼なら…飲み屋のシンなら…いや、変に探られるのもいいとは思えない。
…とすれば。
俺はハザードを消し、ハンドルを思いきり切った。
アスファルトとタイヤの摩擦が音を立てる。クラクションや信号なんてかまっていられない。さすがに赤は止まったが、それ以外は右に左に車を走らせ、アクセルを強く踏み込んだ。
車を降り、助手席から動かない彼女を持ち上げた。
ホールに入り、エレベーターのボタンを乱打する。中々降りてこないエレベーターにイライラして、叩きつけるように、ボタンを押した。
鍵を開け、大股で歩く。そっとベッドに彼女を横たえた。
「すぐに戻るから」
届かないであろう言葉を投げかけて鍵を閉めた。
ちらりと腕時計を見る。急げば15分もかからないだろう。
車に乗り込み、タイヤを鳴らしながら、急いで車を返しに走った。
…幸い駅前だから、タクシーはすぐにつかまった。
「とにかく急いでくれ。金額ははずむから」
『急いでくれって言ってもねえ…法定速度は守らないとねえ…』初老ののんびりとした口調が、やけにイライラする。
胸を探りタバコを探す。
『お客さん、禁煙ですよ』
「くわえるだけだ。火はつけない」
手に握りしめたライターを早く使いたくて、さらにイライラしていた。
「釣りはいらない」
札を取り出して、扉が開くや否や駆け出した。
…どうか大人しくいてくれ。
鍵を挿し込み、開こうとすると…鍵は開いていた。
「リコ」
叫んだ勢いのまま、部屋に入ると…そこにリコの姿はなかった。
テーブルの上に、ごめんなさい、とだけ書き置きを残して。
「バカ野郎」
俺はそのまま外に飛び出した。恥ずかしげもなく名前を呼ぶ。