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降りつける雨は次第に激しくなり、フロントガラスをノックする。パチパチと雨の跳ねる音だけが響く車内で、俺はタバコをふかしていた。
あたりはすっかり暗くなり、赤い火だけがゆらりと、形を残す。
同じ名前の彼がどんな気持ちで、ありがとうと書いたのかは知らない。だけど、それすら利用する俺は…どこか残酷なのだろう。
いや…これも、今生きている彼女のため。恨むなら俺を恨めばいい。
茫然自失としているリコ。今君はどこにいるのだろう。過去か?未来か?…取り戻せ…現在を。
消え入りそうな声で、呼びかける。
『唯人さん…あなたなら自分を許せるの?まだ手の中にあの子の重みが残っているのよ?それなのに…自分だけが幸せになんて…なれるはずないじゃない…』
「…なら、幸せにならなきゃいい。それで…リコがいいのなら。だけど…幸せになりたくない人間は…いないんだ」
残酷な答え。傷つけない言葉なんて選んでいられない。まるでボクサーのように、反射だけで言葉を返して。
『許しても…いいのかなあ…』
「…それは俺が決めることじゃない。だけど、リコが幸せになりたいというのなら…いくらでも協力するよ」
短くなったタバコを、灰皿にねじ込む。肺に残った煙を吐き出して、ミントのタブレットを口に放り込んだ。
これは一種の賭けだ。時間の流れがひどく遅く感じる。数秒間が長い。沈黙が…痛いよ。
『幸せに…なり…たいよ』
涙ながらに吐き出した本音。罪の意識は消えなくても、誰もが持つ本能。逆らえない重力のような…その気持ち。誰しも、幸せになりたくて、生きていたいんだ。
「…ああ、なろうよ。弟さんの分まで…幸せに」
降りしきる雨よりも激しい慟哭。ギリギリと切りつけるような痛み。本当に許せるまでは時間はかかるだろうが…俺はずっとお前を…。
頭を一つ撫で、その手に紙飛行機をそっと置いた。ハンドルを握り返し、アクセルを踏み込んだ。
小声でそれを握りしめながら、ごめんなさいと繰り返すリコ。もう…きっと…許してもいいんだ。誰よりも…幸せになって…いいんだよ。
ありがとう唯人くん。君のおかげで、お姉ちゃんは…少しだけ前に進めそうだよ。
ザアザアと降り続く雨は、涙を隠すにはちょうどいい。俺は正気を保つために、またタバコに手を出した。
煙を目に入れるため。