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揺れ惑う。繰り返す自問自答。出口のないミラーハウス。どこを見ても、自分だけがうつる。
唯人。自分に問いかける。お前はどうして、彼女を好きになったんだ?顔か?スタイルか?
…違う。それだけじゃない。
じゃあ…何だ?
すぐには答えられなかった。少しずつ少しずつ、不安を信頼に変えてきた。そして…また。
あの時の決意は嘘だったのか?
…違う、決して嘘なんかじゃない。俺は…本当にリコを…。
【救いたかっただけだ】
…自分の手に負えないからと、危うく投げ出してしまうところだった。
人一人救うというのは、その場だけじゃなくて、きっとそれだけの時間はかかる。傷ついてきた時間の倍以上。やっと入口が見えたのに、ここで逃げるわけにはいかない。
「リコ。好きって状況でコロコロ変えちゃいけないよな。ごめん…傷つけて」
『唯人さん…あたしを…許して…くれるの?』
「許すも許さないもないだろ?きっと君の名前が違ったとしても、変わらず好きになっていただろうし…」
『あたしも…そう思うわ。きっかけにしたのは、あたしが悪い』
「そんなこともないさ。そのきっかけで…やっと弟さんも報われただろ?」
リコは、やっと泣けたのかもしれない。自分のために。自分を…傷つけるためじゃなく、許すために。
さっきより風が強くなってきた。…今夜は雨かもしれない。枯葉がふわりと宙に舞う。それだけがカサカサと音を立てた。
石段を降りて、車に戻る。ここに残るのは痛みしかない。痛みはすべて置いていけたら…楽なのにね。
カバンの中からウェットティッシュを取り出して、薄汚れた手を拭いた。まだ少し涙目のリコを見つめて、ゆっくりと車を走らせた。
『ありがとう…』窓を見ながらポツリとつぶやく。
俺はあえて何も言わずに、ただ前だけを見ていた。
『そう…あれからあたしはすぐにこの町を離れたわ。小さな町でしょう?いくらでも噂には事欠かなくて』
「…最低だな」
吐き捨てるように、本音で。人の死さえ、くだらないゴシップにするなんて…本当に最低だって思った。
『…女一人で生きるには、色んな手段を使ったわ』
…聞きたくない。別に綺麗でいてほしいとかじゃなくて。でも…それも受け止めるのが…今の俺の役目か…。
『でも本当に自分を売ったことはないのよ?』
「ああ…」
胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。