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『特に弟は嫌なことがあると…ここに隠れてさ…』
…"嫌なこと"
それにある種の苦味を感じて。
「その嫌なことって…まさか…」
『今で言えば…ネグレクトかな。親が事故で死んじゃって、引き取られた家であたしたちは…』
「もういいよ…」
それ以上聞いても悲しみだけが、落ち葉のように降り積もるだけ。俺は途中で言葉を遮るように抱きしめた。
『ちゃんと聞いて…最後まで』
リコの真剣な眼差しに、気圧されるように腕をほどいた。そうか…きっと俺は試されているのだろう。…愛する資格があるか。
昨日の【あたしがどんな人間でも?】という言葉に込められた迫力は、これが背景にあったからなのだろう。
「…わかった」
俺も覚悟を決めて、長く息を吐いた。
『こっちへ来て…』
古い社のカギを外し、真っ暗な室内に入る。そこら中にゴミが広がり、ひどくカビ臭い。神の住処だったとは到底思えないな…。
ようやく暗さにも目が慣れてくると、リコは小さく泣いていた。
「どうした?」
何も言わずに柱を指差す。…よくわからない。慣れたとはいえ、ただでさえ暗い室内。近づいて目を凝らすと…小さな傷が見える。
「これが?」
『あたしたちの記念。まだ残っているなんて…』
「…それは?」
『誕生日の背比べ…』
携帯の光を頼りに照らして見ると、小さな傷がはっきりと形になっている。
そこには…"ユイ"と…。
「まさか…」
小さく頷いて、震える声で吐き出す。
『弟も…唯人って名前だったんだ。…だから…』
…そんな"偶然"も生きていればあるわけで。
「だから…俺を選んだのか?」
『…違う初めは確かにビックリしたわだけど、それはきっかけなだけで…あたしはあなたを…』
…揺れ動く心。やじろべえより繊細に。崖の上での綱渡りみたいに…一歩間違えれば…ゲームオーバー。
いやが上にも…緊張は高まる。
「それを信じろって言うのか?あれも言えない、これも秘密。自分語りの結果はこれなのに」
抑えていた感情が暴発する。傷つけたくなんかない。でも…最初から騙されていたなんて…思いたくなくて。
『…当然だよね…あたしなんか…信用されなくて。いっそあの時…あたしが死ねばよかったんだ』
いっそう小さく見えるリコが涙と一緒に吐き出したものは"闇"
誰にも見せられなかった黒い黒い衝動。