-39-
温かく柔らかい香りが、鼻をくすぐる。
英国紳士を気取ってる訳じゃないけれど、そのぐらいの余裕はほしい。
ひとしきり泣いた後のティータイムも、ちょっと可笑しいけれど。
…紅茶をすすりながら、もう一度思案を巡らせる。忘れていることはないか?いつもと変わっていた点は?
…浮かんでくる考えに、自問自答する。
名刺もダメ。あの飲み屋の線も…今は何も進展はしないだろう。
そして絶対に、何かの手がかりになるはずの画像も…無理だ。
…何か…きっかけは…。閃光のようなひらめきは…。
…待てよ。思い出せ。
今日…彼女は…初めて待ち合わせに遅れて…来たよな?
どうしてだっけ?
タバコに火をつけ、深く吐くようにして、考える。
…確か…『用事があって』…って言ってたよな?
…用事?
心の中で、一つの考えにたどり着く。
…もしかしたら…今夜も、バッグの中に…何かがあるかもしれない。
用事を済ませてきたなら、なおさらのこと。
…と、なれば。
「知ってる?この紅茶はブランデーによく合うんだよ」
『えっ?そうなんだ?』
「試してみる?」
…ごく自然に…毒を盛る。好きだからこそ…知りたくなる。秘密にされると…探りたくなる。
疚しいことがなければ、誰も携帯にロックなんかかけやしないしね。
『あ…美味しい。唯人さんって物知りなんだね』
無邪気な笑顔が、胸を抉るけれど。目的のためには、手段なんか選んでいられない。
2杯目を飲み干す頃には、頬を桜色に染めた彼女がいた。
『やっぱり…ブランデーって酔うね』
「紅茶で割ってるから、それほどアルコール度数は、高くないはずなんだけどなあ?」
『じゃあ…気分的なものかな?』
「きっとそうだろうね。紅茶にはリラックス効果もあるしね」
笑顔の裏に忍ばせた、醜い気持ち。少しずつだけ、ブランデーを濃くしていく。
呂律が回らなくなる頃には、ブランデーの紅茶割りなのか、紅茶のブランデー割りなのかわからない濃度になっていたが。
「あれなら先にお風呂入ってきなよ?ちょっと酔ってるみたいだし」
『うん…わかった…そうする…』
甘ったるい声で、浴室へ消える彼女。
バスタオルを用意して、彼女がシャワーを使うのと同時に、カバンの中に手を入れた。
…ビンゴ。昨日とは違うディスクが、そこにはあった。