-38-
『ありがとう。あたしを好きになってくれて。だけど…』
答えなんかわかりきっている。彼女は俺だけのものになんて…絶対にならない。
「…ごめん。そうだよね」
『違うの。そうじゃないの』
彼女の瞳が悲しみに覆われる。うまく言葉にできないもどかしさ。考えている中身ごと伝わればいいのに、と隠し事を棚上げして思ってしまう。
『明日、一緒に、来て。今はそれしか…言えない。ごめん、ごめんね…』
涙ながらに繰り返すごめんねは…どうしてこんなに胸を抉るのだろうね。
…アザーサイドって何なんだ?リコを縛り付けるものは一体?
聞きたい。でも…聞けない。リコは口を閉ざしてしまうだろうし、案内人を見つけるのもそう簡単には行かない。
名刺もシンプルな一色刷り。手がかりは…ない。
となると…俺にできることは…目の前で泣き濡れる彼女の、涙を拭うことぐらいしかなかった。
指で雫を払い、そっと頬に触れる。そのまま髪を撫でるようにして抱き寄せた。
永遠ではないけれど、何よりも大切な現在を…受け止めよう。確約も保証もないけれど、今、現実に触れ合えている。それを…信じるしかなかった。
面倒なことは明日にまわそう。俺はただ…リコの笑顔が見たいんだ。
もう一度髪に触れ、肩を叩いてキッチンに行く。
きっと涙の後には喉が渇くから。
彼女は…アールグレイでいいだろう。戸棚の一番奥に眠っていた、秘蔵の茶葉を取り出した。
目の前に集中していたから、急に声をかけられビックリする。
「わあ、泣いてたんじゃなかったのかよ」
『だって…一人にするんだもの』
その上目遣いは反則だと思うが。
「泣き顔を覗く趣味はないんだよ」
『そのわりに…よく見るよね?ごめんね』
「ごめんねは…いらないよ。それだったら、いつも泣かせてばかりでごめん、って俺が言わなくちゃ」と言いながら、カップを温める。
…その様子に彼女がいきなり笑い出した。
『普通、男の人ってそこまでしないでしょ?絶対に怪しいよ』
…何が怪しいのだろう?マナー講師の花が大好きな母を持つと、こうなるだけだが。
「一応、お客様だからね。ミルクでいい?それともレモン?」
『お勧めは?ボーイさん』
おどけて言う彼女に、おどけて返す。
「それはストレートで茶葉の香りを楽しんでいただければ。…お嬢様」
幸せな時間はまだ始まったばかり。ティータイムぐらいの余裕は必要だろう。