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「ちょっと待ってて」
一人で中に入る。幸いパソコンは消していたようだ。エアコンのスイッチを入れ、暖房を最大にする。
エコロジーなんて、寒さより優先するもんじゃない。
自分の力が余った時に、気づいた時だけやればいい。まあ…あまらないけど。
脱ぎ散らかした服を拾い集めて、洗濯かごに放り投げる。
玄関は寒い。あまり待たせるのもかわいそうだろう。ベッドを整え扉を閉めた。
「ごめん。寒かったでしょ?」
『大丈夫だよ。もう片付いたの?』
「とりあえずはね…」
『じゃあ、お邪魔します』
うわあ、広いね。キレイじゃない。そう言いながら辺りを見回すリコ。
「…まあ…ね。二人で暮らしていたわけだから」
『…あ、ごめん。傷ついた?』
「ううん。大丈夫」
『…ねえ。嘘はいらないんだよ?大丈夫なら、大丈夫な顔で言わなきゃ…』
切なそうな目で見つめられるが、そんなに傷ついた顔をしてしまったのだろうか?
自分で自分は見えない。なら…他人の評価こそ本来の自分なのかもしれないな。
「…でも本当に大丈夫だよ。そうじゃなきゃ…リコを連れてきたりしないだろ?」
思い出を消されたくないのならば。逆に、もしも消したいならば…他の誰かで塗り替えてしまえばいい。
リコが今、ここにいるのは俺にとっても都合がいいんだ。
『あたしが無理言っちゃったかなって心配だったんだ。ほら…あなた優しいから』
…優しい?
そんなはずはない。もし俺が優しいのならば…君の秘密を暴こうとさえしない。むしろ、前の婚約者を忘れたりもしないだろう。
素直に喜べばいいのに、気づいたらどんどんと自虐的思考になっていく。
よほど暗い顔になっていたのだろう。黙ってリコは隣に腰かけた。
『無理してない?』
無理?初めからだよ。この歳でお互いの親はもちろん、会社の人間でさえ知っているような婚約者に逃げられたんだ。
ヤバい。思考回路を止めないと。
「大丈夫。いや…大丈夫にしたいんだ。何か飲む?それともCDでもかける?」
何かが伝わったのだろう。
黙って彼女は首を横に振った。
『…唯人さん』
初めて名前で呼ばれる。それなりの覚悟があるのだろう。
「えっ?」
振り向いた瞬間、抱きしめられた。
『今度はあたしの番。今まであなたに、いっぱい助けてもらったんだから』
体温が、冷えきっていく心を温める。少しずつ…溶かしていく。