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食欲・性欲・睡眠欲。人間の持つ三大欲求。
どれも無防備な瞬間である。だからこそ、家があり、部屋がある。動物で言う"巣"だ。パーソナルスペースの確保が、安全の第一歩。
無防備な寝顔を晒すリコを見てると、ふいにそう思った。家はあるのだろうが、安心ではないのだろう。そして…少なからず俺を信用しているのだろう。
普通なら狼になってもおかしくはない状況。それこそが、逆に俺を縛り付ける。赤子より抵抗できない状況に身を任せるには、大人だということだ。目の前の欲求より、後々の信頼を買う、それが大人の振る舞いだろうから。
脱ぎ捨てた衣服を軽く畳んで、シャワーを浴びる。身体にまとわりつく、微妙な湿り気を洗い流す。
髪の毛の泡を流して、鏡を覗き、あごを触った。元々髭は薄い方で、まだ手に抵抗は感じられなかった。
吸水の悪い備え付けのバスタオルで、頭をこする。
ふーう、と大きく息をついて、シャワールームから出てもまだ、彼女は寝息を立てている。よほど疲れていたのだろう。それを横目に冷蔵庫から2缶目を取り出した。
テーブルの上の案内を見る。ラブホテルも進化しているのだな…。パラパラと部屋の案内をめくり、流し読んでいた。そこで…ある一文が目に飛び込んでくる。
【フロントにてノートパソコン無料貸し出し致します。(数に限りがございますので、ご了承下さい)】
…瞬時に頭の中で葛藤が始まる。もちろん先ほどの"CDサイズのもの"の中身のこと。
あれは…何なのだろうか?違法コピーぐらいで、動揺するとは思えない。音楽が大好きな俺も、CDは買うものから、焼いたり、落としたりするものと認識しているぐらいだし。
クリアすべき条件は3つ。ノートパソコンは借りられるのか。気づかれず、中身を出せるのか。そして…コピーできるのかどうか。
残念ながら、ロムもUSBメモリーも持ち歩いてはいない。じゃあ…まずは買い物に行くか。…と、その前にフロントに連絡だな。
「今から買い物に行きたいのだけど、最寄りのコンビニは?…はい。ええ…。あ、あとノートパソコンは借りられますか?ええ、ありがとうございます」
よし。一段階目はクリアだ。コンビニも近い。往復で15分かからないだろう。
例えば、起きてしまっていても、明日使うとでも言えばいい。
問題は…良心の呵責に耐えられるかどうか…だ。
いや、俺の個人情報を抜かれた今、逆転のカードはそれしかないんだ。