第9話 俺が恋愛不感症になったわけ。(9)
いやいやいやいや。
なんだよその反応は?
それじゃまるで須藤の言っていることが本当だって、そう言っているみたいじゃないか?
くだらない嘘は言わないでよね、って須藤にピシャリと言ってやってくれよ?
「なつ……み……?」
俺は夏海をじっと見る。
「…………」
しかし夏美は視線を逸らせたまま、何も言おうとはしなかった。
まさか――。
まさかまさかまさかまさか、まさか――――――!
唇が痛い。
うっすらと鉄の味がする。
気が付くと俺は唇をグッと強く噛みしめていた。
「ぎゃははははっ! 今までずっと本気だと思ってたのかよ? 笑いすぎてマジで腹痛ぇし! だっせぇ!」
そんな俺を、須藤がこれ見よがしに嘲笑ってくる。
「……っっ!」
何も言い返せなくなってしまった俺は、さらに強く唇を噛みしめる。
息が苦しい。
呼吸が上手くできない。
まだ冬だってのに、嫌な汗が滝のように噴き出してきて、べとべとになった背中が気持ち悪かった。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした加賀見? ああ?」
己の勝利を確信したのだろう。
須藤がニヤニヤと笑いながら、バカにするような言葉を立て続けに投げ込んでくる。
「嘘コクって、ハハッ。嘘だろ……? なぁ? 夏美、なぁ?」
俺は須藤の視線から逃げるように、もう一度すがるような思いで夏美を見た。
「あ……、あの……」
だけど夏美はやっぱり否定をしなかった。
この瞬間、俺は全てを理解した。
同時に、心地よかった初恋という名の夢が、俺の中で急速に色を失っていく――。
悲しみ、悔しさ、絶望、怒り、苦しみetc...いろんな負の感情が心の中をグチャグチャにしながら縦横無尽に駆け巡っていった。
「本当……だったんだな……」
唇を噛みしめる歯をなんとか緩めて、俺はゆっくりと言葉を絞り出した。
「ち、違うの! えと、違わないんだけど、最初はそうだったけど、でもすぐに本気で――」
「違わないだろ! 好きだって言ったのも全部嘘だったんだろ!」
そして夏美が言い訳しようとしたことで、俺の怒りは激しく爆発した。
怒鳴るように言葉を被せる。
「ご、ごめんなさい。でも聞いてよ修斗くん――」
夏美がさらに何かを言おうとするが、俺の荒ぶる感情はもはや爆発以外の収束方法を知りはしなかった。
「どおりでな! おかしいと思ったんだよ! あの日、俺のどこが好きなのって聞いても、夏美は言いよどんでいたもんな! しかも妙に周りを気にしてた! そりゃそうだよな! 嘘コクならそういう態度にもなるよな! 須藤たちが周りで見てたんだろ! それもこれもこうやって俺をバカにするためだったわけだ!」
真実を知ってしまえば、ははっ、なんてシンプル極まりない理由だろうか。
キラキラ女子がオタク男子を好きになる理由なんて、最初からあるわけがなかったのだ。
そんなこと、考えたらすぐにわかる。
だって言うのに俺は――!
惨めで、悲しくて、悔しくて、辛くて。
――それらが全て怒りに形を変え、理性という名の蓋を跳ね上げ、俺の中で激しい炎となって吹き上がっていく。
「だから違うの。最初はそうだったけど――」
「黙れよ」
俺の口から、俺自身すら聞いたことのない冷たくて、鋭く尖った刃物のような言葉が飛び出た。
怒りに身を任せながらも、俺ってこんな声が出せるんだって冷静に思う自分がいて、こんな状況だってのにそのことが少しだけ不思議に思えた。
「……」
俺に怒鳴られた夏美が、ビクリと肩を震わせて押し黙った。
お互いに何も言葉を発しないじりじりとした沈黙が続く。
さっきまでオラついていた須藤も、この張り詰めた空気は読むことができたのか、何も口出しはしてこなかった。
しかし沈黙が続く中、遠巻きに野次馬が俺たちを見ていることに、俺はふと気が付いた。
怒鳴ったことで、少しだけ冷静になれたのかもしれない。
ごめん、自分のことなのに感情がグチャグチャしすぎて、なんだかよくわからない。
俺のことは今はさておき、野次馬たちからは「痴話げんか?」「三角関係?」みたいな会話がちらほらと聞こえてくる。
俺は「はぁ……」とため息をつくと、なんかもうどうでもよくなって、夏美と須藤を残して歩き始めた。
「ぁ、ま、待って――。お願い――」
背中から夏美のか細い声が聞こえるが、もちろん待つことも答えることもしない。
待って何をするって言うんだよ?
騙してごめんなさいとでも言ってくれるのか?
「……馬鹿にするな」
俺は蚊の鳴くような声で自分だけに聞こえるように呟くと、夏海の声を無視して歩き続ける。
夏美は追ってはこなかった。
別に期待しちゃいなかったけどな――




