第75話「ははっ、最低だな――」
『あの日』何があったのか。
『あの日』へと至る真実を。
真剣な表情で語られた夏美の言葉を――俺は心の中でしっかりと噛みしめてゆく。
なんとなく想像していた通りのこともあれば、まったく知らないこともあった。
そしてその中には、俺が意図的に見ない振りをしていたものもあった――言うまでもない、夏美の俺への好意だ。
まぶたを閉じると、中学2年の頃の思い出が――夏美と過ごした日々が、浮かんでは消えていく。
気持ちを落ち着けるように、すー、はー、と深呼吸を数度した。
ゆっくりと目を開くと、ずっと視線を逸らさなかったんだろう。
俺の視線の先には、夏美の真剣な瞳がある。
さらに数秒、静かに夏美と見つめ合ってから、俺は言った。
「ははっ、最低だな――」
「……うん。修斗くんの言う通り、私は最低だよ」
夏美が涙声になりながら、だけどしっかりと言い切る。
自分は最低だ、と。
目の淵に涙を浮かべながら――それが流れ落ちないように必死に堪えながら。
だけどついに涙腺が決壊し、一筋の涙がほほを伝って零れ落ちていった。
そんな夏美の姿を見て、俺は慌てて言い直した。
「違う、最低ってのは俺のことだよ。夏美のことじゃない」
「――え?」
すると夏美が涙を流しながら、目を大きく見開いて、あっけにとられたようにつぶやいた。
しまったな。
今のは言葉足らずだった。
頭の中であれこれ考えすぎて、言うべきことが全然足りていなかった。
俺は急ぎ、言葉を付け加える。
「俺は夏美が優しい女の子だって知っていた。夏美が誠実な女の子だって知っていた。夏美が俺を好きだって知っていた。全部ちゃんと知っていたはずなのに、あの日の俺は自分のことだけしか考えなかった。須藤に煽られてプライドが気付けられて。それで夏美の気持ちとか、夏美が置かれていた状況とか、そういうのを全く考えずに、俺は好き放題に感情を爆発させてしまって――。一方的に対話を打ち切ってしまった」
そう、俺は知っていたはずだったのだ。
「そんなことない! さっきも言ったけど、修斗くんに非なんてないよ。悪いのは嘘コクした私なんだから。ずっとわが身可愛さで保身に走ってた私だもん!」
「始まりはそうかもしれない。だけどその後、夏美は俺のことを本気で好きになってくれたんだろ?」
大切なのは始まりだけじゃない、むしろ結果だろ?
夏美が俺を好きになってくれたこと、それが一番大切なことだったのに。
俺はそんな簡単なことに、ずっと見ない振りをしてきたんだ――。
「それは……そうだけど……」
俺を好きかどうか、と問われたからだろう。
夏美がなんとも恥ずかしそうに、もじもじしながら小さく肩をすくめた。
頬が赤く染まり、嬉し泣きみたいな顔になっている。
――素直に、可愛いと思った。
「そうさ。付き合ってた頃の夏美を見てたら、あれが嘘だなんて思わうわけない。あんなに嬉しそうな笑顔を、それこそ毎日のように俺に向けてくれたんだから。なぁ夏美。当時の俺がどれだけ幸せだったか、夏美は知らないだろう?」
「し、知らないけど……。えっと、そ、そんなに幸せだったの?」
おずおずと尋ねてくる夏美に、俺は力強く言い切った。
「人生で一番最高なハッピーが、それこそ毎日続いてたな」
「そ、そうだったんだね……あ、あはは……」
夏美が恥ずかしそうに小さく笑った。
「ごめん。話がそれたな。俺はさ。俺を好きになってくれた女の子に、酷いことをしたんだ。だからやっぱり俺は最低だったんだよ」
「ううん、そんなことないよ。修斗くんは最高の男の子だよ。優しくて、カッコよくて、一生懸命で、まっすぐで――」
「いいや、俺は最低だよ。俺を好きな女の子の気持ちを、一方的に踏みにじったんだからさ」
「そんなことないってば。修斗くんは絶対に最高の男の子だもん」
「いいや、そんなことあるね」
「そんなことないもん」
「いいや俺は最低男だ」
「そんなことないし、最高の男の子だし」
俺が最低な男子か、はたまた最高な男子かという、俺にとって激しく恥ずかしい話題で、完全に堂々巡りになってしまった俺と夏美は、
「…………」
「…………」
一瞬、無言で見つめ合った後、
「ぷっ……」
「あはは――」
どちらからともなく笑いだしてしまった。




