⑧好きって言えなかったのに……
夜になっても、ピタは目覚めません。いや、起きていたんですが……ばつが悪くて、起きられませんでした。
(あああああぁ~っ!! 何で何で……おにーちゃんを気遣ってあげなかったのよ……わたしのバカッ!!)
ベッドの上でゴロゴロと身を転がしながら、ピタちゃんは踠いてます。布団に包み込まれて耳だけ出して、おっきなミノムシみたいになって、ゴロゴロと。
(おにーちゃんだって、きっと行きたくないんだよ……でも、みんなの為だって判ってるから、イヤだって言わなかったんだよ……それなのに、それなのに……)
涙の渇れた目からは、もう一滴も零れません。でも、心の中は自分自身への情けなさで悲しくて仕方がないみたい……。
(せめて、一言だけでも良いから、おにーちゃんの為に何か言ってあげられたら……良かったのかな……)
ずーっとそんな風に悶々としていると、部屋の扉をコンコンとノックする音が。窓の外はもう真っ暗で、夜になって随分経っていたようです。
【……ピタ、俺だよ……大丈夫か?】
ポルト君が、ピタちゃんを気遣ってやって来たみたいです。でも、きっかけのないままジッとしていると、扉の向こうのポルト君がまた、語り掛けます。
【……さっきは、ゴメン……お前に心配させちゃってさ……お兄ちゃん失格だよな、あははは……】
ちっとも可笑しくなんてない筈なのに、ピタちゃんを安心させようと、ポルト君は笑ってから、続けました。
【……俺さ、絶対に帰るから。なにがあっても必ず帰るから……だから、心配しないでくれ……】
「……。」
ピタちゃんは、答えません。もう怒ってなんかいないんですが、何と言って良いのか判らなくなっていたから……。
【……今夜ってさ、月明かりがスゲー綺麗だよな。こーゆー夜は好きなんだよ……】
「……私も、好きだよ……」
やっと、一言だけ呟いたピタちゃんは、モゾモゾと布団の上で身体を起こし、扉の向こうに居る筈のポルト君を見ます。きっと、扉に背中を預けて、窓の向こうに昇った月を眺めながら、話しているんだろう、そう思うとまるで一緒に並んで月を眺めているような気持ちになりました。
「……おにーちゃん、さっきは、ゴメン……でも、行って欲しくなかったから、ワガママ、言っちゃった……かな」
【判ってるって……もし、俺が逆の立場だったら、きっと同じように怒鳴っただろうからさー?】
ピタちゃんの言葉に返すポルト君が、それでもさ、と続けます。
【……俺だけ逃げ出して、里の誰かを連れていかれるなんて、俺はガマン出来なかったんだ。】
「……私も、そう思うかな……きっと」
そう、言い合っているうちに、何だか笑えて来て、二人はどちらとも言わぬうちに、クスクスあははと笑い出しました。
それから暫く笑った後、ピタちゃんは勇気を振り絞って、今まで聞けなかった事を、聞こうと決心しました。
「……ねぇ、おにーちゃん……レミィナさんの事……好き?」
彼女が切り出した途端、扉の向こうに居るポルト君が固まり、それから暫く経って、やっと答えが返って来ました。
【……レミィは、昔から……里に行くようになってから、ずーっと顔を合わせてきたからなぁ……別に、嫌いじゃねぇよ……】
返ってきた答えに、今度はピタちゃんが固まります。しばらく口をパクパクさせていたポルト君でしたが、彼も腹を据えたようで、しっかりとした口調で答えます。
【……で、でも……アイツはアイツさ。確かに美人だがよ、俺は……ピタが……好きだから……】
それを聞いた途端、ピタちゃんの目から止まった筈の涙が溢れ出し、丸く柔らかな頬を伝って一粒、また一粒と枕に染みを付けていきました。
今までずーっと、ずーっと好きだって思って、思って思って、思い続けてきたポルト君から、そう言って貰えた筈なのに、悲しくもないのに、涙が止まりません……。
でも、ピタちゃんの心の中は、流れた涙の代わりに、暖かくて心地好いモノが一杯になって、そのまま布団の上でキャーキャー言いながらゴロゴロと転がりたくて仕方無かったんですが……頑張って我慢して、やっと、一言だけ言えました。
「……ピ、ピタも……好き、かな……」