⑨必ず帰って来て!!
朝が来ました。
お互いに好きだと告げられた、嬉しかった夜はあっという間に過ぎてしまい、ピタちゃんはいつもと変わらぬ時間に目覚め、お母さんとおにーちゃんが待つ居間にやって来ました。
「おはよー、お母さん、おにーちゃん」
何事もなかったみたいに二人と顔を合わせたピタちゃんに、二人はホッとしたようで挨拶を交わします。
「おはよう、ピタ。ちゃんと寝られた?」
「うん、ありがとうお母さん。心配かけてゴメンね?」
ポルト君は何食わぬ顔で朝ごはんを食べてますが、ピタちゃんの顔を見て、直ぐにパンへと視線を逸らしました。でも、何となく意識はしてるみたいだけど……
「おはよー。ほら、パンにバター塗っといたから」
そう言いながら、ベッタリとバターまみれになったパンを突き出しましたが、ピタちゃんは顔をしかめながら、
「うえぇ……おにーちゃん、バター塗り過ぎだよ!」
手渡されたパンをいやいや受け取り、しょーがないなと言いながら口にします。でも、そんなに嫌じゃなさそう?
昨日は色々な事が有り過ぎて、ピタちゃんの頭の中は混乱していました。ポルト君が出征するだけでも大事件だったのに、それが切っ掛けで初めて好きだって言えたし、まだ若いピタちゃんの頭の中は、今朝だってグルグル回っている筈ですが……何となく、いつもと変わらない風……だと思ったんですが、
「……お母さん、今度の【出稼ぎ】は、私も連れていってくれないかな?」
食べていたパンをトンとお皿に載せ、口元をフキンで拭ってからピタちゃんがお母さんにお願いしました。
「……そりゃ、構わないけど……ピタも大きくなったし、そろそろ連れていってもいいかとは思ってたわ。でも……大変な事もあるわよ?」
「うん、そうだと思うけれど……でも、おにーちゃんが行ってる間、私だけ留守番していても楽しくないし、それに……」
そう言って言い淀むピタちゃんに口を開きかけたポルト君でしたが、お母さんが手をソッと上げたので黙って続きに耳を傾けました。
「……それに、おにーちゃんが居ないから、一人っきりで待つのも、辛いかな……」
そう言うとピタちゃんは、黙ってしまいました。
「……うん、判ったわ。今度はあなたも連れて行くわね。で、話は変わるけど、私からもピタに渡しておきたいモノがあるの。ちょっと待ってね……」
と、お母さんは言いながら席を立つと、部屋を出て暫く自分の部屋で何かを探し、二人が待つ居間へと戻ってきました。
「お待たせ。これをピタに渡しておきたいと思ってね……」
そう言いながら手に持った小さな箱をピタちゃんに差し出して、開けてみなさいなと促します。
「……わ、綺麗……でも、これってもしかして……【聖銀】?」
「そうよ、それがミスリル。それだけの加工が為された製品は……余り見た事がないわ」
中には包み紙にくるまれた小さな箱が入っていて、その中に丁寧に仕舞われたミスリルの指輪が入っていました。細かくツタが絡む枝のような紋様を細工されているのですが、真ん中に小さな窪みが空けられています。
「でも、この場所に何かを付けられるみたい、かな……」
「そこに、魔力を籠めた輝石を入れて、完成になるんだけどね……だから、その石はポルト、あなたが用意しなさい」
そう告げられたポルト君は、いつになく真剣な眼差しで指輪を見ていましたが、力強く頷きながら、
「判った……必ず、帰ってきて、石を付けてやるよ」
そう言うとピタちゃんの方に向き直り、手を差し出しました。
「ほら、ピタ……着けてやるから、貸してみろよ」
「えっ!? ……う、うん……」
ピタちゃんが指輪をポルト君に手渡すとポルト君はピタちゃんの手を握り、手に持った指輪を薬指に着けてあげました。
「……綺麗ねぇ……お母さん、ありがとう……」
「……そうね。でも、それを着けたら、あなたは……」
指輪を眺めていたピタちゃんの言葉を聞き、頷きながら……お母さんは意を決したように言いました。
「……もう、私の子供じゃないわ」
……訣別の指輪、なんだそうです。
養子縁組した親子が、結婚等で嫁ぐ為、義理の娘が親元から離れる時、「帰って来ては相手の両親に申し訳無いから」と縁を切る、そんなしきたりがあるらしく……
とにかく、ピタちゃんは赤の他人……と、表面的にはなったそうですが、三人は勿論同じように暮らしていました。
……出征の朝までは。
「……じゃあ、気をつけて、行ってらっしゃい」
一応、里から新たに出征する理由もあって、麓の里にやって来た三人は庄屋さんを始め多くの人々に囲まれながら、ささやかな壮行会を兼ねたお見送りをされました。
流石に事が事だけにお酒は出ませんが、誰もが三人の事を知っているだけに、様々な料理や甘い焼き菓子が出され、いつものピタちゃんとポルト君なら喜んで口にしたでしょう……でも、今日は勧められてから、ほんの一口だけ食べるだけ。二人はそうして静かに過ごしました。
そんな風に静かに過ごしていた二人でしたが、突如現れたレミィナちゃんが手にしたワインとグラスを振りかざし、ポルト君の隣にドカンと腰を降ろしながら叫び、静けさを打ち砕きました!!
「おおぅ!! ポルちゃん!! 元気かぁ!!?」
そう言いながらバシバシと彼の背中を叩き、ガンとテーブルにグラスを叩き付けるように置きながら、どばばと溢れんばかりの勢いで注ぎ、ズイと押し付けながら、
「……まぁ、言いたい事は山ほどあるんだけどさ……とにかく飲め!!」
……えぇ、そう言っちゃったんですぅ……。




