最終話・長い旅。
「だ~か~ら~!! 飲めって言ってんの!! 判るぅ!?」
うっわ!! 真っ赤な顔のレミィナちゃん、目が据わってます!! …私も神々が集まる寄り合いの時に、同じような事やらかしたけれど、うら若い彼女がやるとは……くわばらくわばら。因みにあのワイン、すっごく薄い奴だから、がぶ飲みしたってなかなか酔わない筈なんだけど……?
「レミィ、なに酔っ払ってんだよ……判った判った!! 一杯だけだからな?」
勢い良く突き出されたグラスを手に取って、口に運ぼうとしたポルト君をニヤニヤ笑いながら見ていたレミィナちゃんでしたが、急に真顔になったかと思ったら突然立ち上がって、
「えぇ~っ、こんな時に言うのも何ですが、私は昨日……お見合いしましたっ!!」
「ぶふふぉっ!?」
あああぁ……ポルト君、見事に噴き出しましたねぇ。幸いにも誰も居ない場所に噴いたからよかったけど、レミィナちゃん、明らかに狙って言ったよね? それにしても、里の他の若者達の落胆っ振りときたら……天を仰いで顔を手で覆ったり、自失茫然でしゃがみ込んだり、こっちもこっちで見てらんないわぁ……可哀想ねぇ。
「……あんたってば、どーせ色好い返事なんてしないって判ってたから、言い出せなかったんだけどさ……フフフ♪ 驚いた?」
「げほっ、げほ……お、驚くわ、そんなん!! 第一、お前もまだ十五だろ!? 庄屋さんは……知ってるに決まってるか……」
自慢げに微笑むレミィナちゃんに渡されたグラスを少しだけ傾けながら、ポルト君が言い返します。
「全く、お前って奴は毎回毎回……まぁ、でもおめでとう……相手は誰なんだ?」
「ん~? 知りたいぃ~?」
隣に座ったレミィナちゃん、グイグイと腰を押し付けながらワインを彼のグラスに注ぎつつ、
「……街の商店の、跡継ぎ息子さん。私より三つ年上なんだけどさ……まあまあの見た目よ? 悪くはないと思うわ……」
ちょっとだけ寂しそうにそう言いながら、手近なグラスに新しくワインを注いでから掲げて、
「まー、そう言う訳で!! 私の新しい門出と!! ポルトの出征の無事を祈ってぇ~っ!! 乾杯ぃ!!」
「か、乾杯……」
そんな風に押し付けられながら、ポルト君も嫌々ながら乾杯している内に、周りの人々もワインやら焼酎やらを引っ張り出して、思い思いに飲み始めちゃったりして……
「くっそぉ~っ!! レミィナちゃんが結婚しちまうんだぁ~!! ポルトぉ!! 俺も連れて行ってくれぇ~っ!!」
「そーだそーだ!! 俺だって華々しく散ってやるぜぇ!!」
「うるさいっ!! 俺は華々しく散る気なんてねぇ!!」
気付けば気落ちしがちな壮行会だった筈なのに、いつの間にか明るいバカ騒ぎになってます。う~ん、レミィナちゃん、わざとだったのかなぁ……?
「……ポルトぉ……さっさと、帰ってこいよ……ピタちゃんが、待ってるんだからさぁ……」
「あ~、ハイハイ、判りましたよって……ほら、一人で歩けよ、もう……」
ぐでんぐでんなレミィナちゃんを肩に担ぎながら、ポルト君は投げやりに返事します。
周りに居た里のみんなは、各々でポルト君に声を掛けてかいさんして行きました。残されたポルト君とピタちゃんはレミィナちゃんを送って行く為、里の真ん中をてくてくと歩いています。
「……それにさぁ……結婚するまではぁ……私だって、同じなんだぞぅ……ヒック!!」
肩に担がれながらゴニョゴニョと呟くレミィナちゃんは、急に立ち止まるとポルト君に向かって、
「……だからさぁ……おまえは……し、死んじゃダメだから……」
それだけ言うと、スースー寝息を立てながら寝てしまいました。仕方ないのでレミィナちゃんを背中に背負い、ポルト君は歩き出しました。
「……おにーちゃん、でも……レミィナさんの言う通りだから……死んじゃ、ダメなんだから……」
傍らを歩くピタちゃんはそう言うと、ポルト君の服の端をギュッと掴んでから、
「……だから、おにーちゃん……おまじないして、いい?」
「……ん? おまじない? ……何だよ、それ……?」
「いいから!! だ、黙って目を瞑ってくれないかな……」
「ハイハイ……これでいいか?」
そう言うと目を瞑ったポルト君の前に回り、ピタちゃんは少しだけ背伸びをして、自分の鼻の頭をポルト君の鼻の頭に押し付けながら、
「……神様、どうか……おにーちゃんを……私の所に帰ってくるまで……冥界に連れて……行かないで……」
そう呟いて、涙を溢しました。
「……もーいーか? なぁ、ピタよ……」
「もうっ!! ヒトが真面目におまじないしてるんだから、茶化さないでくれないかなっ!?」
薄目を開けて喋るポルト君に怒りながら、ピタちゃんは身体を離すとそのまま前を歩きながら、
「さぁ!! さっさと庄屋さんに行こーよ、おにーちゃん!!」
「うっせぇ!! レミィが重いんだってーの!!」
二人はそう言い交わしながら、庄屋さんの所へとレミィナちゃんを運んでいきましたとさ……。
……それから、ポルト君は、出征しました。
それから直ぐにピタちゃんは、お母さん……じゃなくなったイルメアさんと共に、旅立ちました。
そう……今までは冬の間、子供達から厄介を遠ざける為に旅をしていたイルメアさんでしたが、今年は違います。
ピタちゃんの願いで、彼女の内に秘められた才能……祭事を執り行える【司祭】としての修行を兼ねた旅に出たのです。
イルメアさんは、ピタちゃんを特別扱いしませんでした。露営ならば自分で天幕を張らせ、水は自らの必要な分を自分で確保し運ばせる。携帯食料が無くなれば自給自足で手に入れさせて、他人に頼らず自分の力で旅を続けさせる……山暮らしで里の人間よりは生きる為に必要な知識は有ったピタちゃんでしたが、様々に変化する環境は彼女に新たな知識を与えつつ、命を脅かしもしました。
……でも、ピタちゃんは負けません。だって、ポルト君に会いたかったから……必ず、帰ってきてって、お願いしたんだから。
そうして、一年経ち、再び里山に戻ってくると、背の低かった頃のピタちゃんから随分と変わり、背丈も伸びて逞しく成長していました。
暫く山で暮らしていましたが、出征からポルト君はまだ帰ってきませんでした。
無事を祈りつつ、待ち続けていましたが……ピタちゃんはやがて自ら行動する事にしました。帝国の前線付近まで行き、戦況を見ながら帰還する兵士の動きを知ろうと再び旅立ったのです。
イルメアさんと共に慎重に進むピタちゃんは、前線から戻る兵士達の中にポルト君が居ないか、彼がどのような場所に配置されたのか知りたかったのですが……消息は判りませんでした。
手足を失い、戦地から運ばれる負傷兵の沈痛な顔に言葉を失い、運良く生き別れていた家族と再会出来た者の姿に涙を溢しながら、ピタちゃんは粘り強くポルト君を探しました。
……でも、ある日……有力な情報が、いや……悲報が届きました。
ポルト君が、帝国の飛行戦艦に配属されて、その船が配備されていた艦隊全てが、敵の攻撃を受けて撃沈してしまったと、知らされました。その飛行戦艦に乗っていた兵士の生き残りの証言の中に、若いコボルトが仲間に居て、彼は墜落する戦艦から帰還しなかった、と聞いたのです。
もしかしたら、人違いかもしれません。でも、ポルト君は一年経っても帰りませんでした。
ピタちゃんは、里に帰りました。
そして、毎日ポルト君の無事を祈りながら、静かに暮らしました。
……ポルト君が出征してから、二度目の冬がやって来ました。
もう、イルメアさんと同じ背丈になったピタちゃんは、冬の間も時折里に降りて、レミィナちゃんが嫁いだ商店の在る街まで出掛けたり、遠方の薬屋に薬草を卸したりして日々を過ごしました。
もう、無理かもしれないかな。
そう思うのも仕方がありませんでした。里や街から出征した若者も一人、また一人と帰ってきては家族と涙の再会を果たしていたのですから。
……そんなある日。
イルメアさんが不在の昼、ピタちゃんは一人で山小屋の留守番をしていました。
……コンコンコン。
扉をノックする音に気付き、薬草を選別する手を止めて立ち上がって玄関へと向かったピタちゃんは、言い知れぬ胸騒ぎを覚えて駆け出していました。
まさか……でも、いや……もしかしたら……
二年間、ずーっとそう思いながら、玄関に向かってきた彼女でしたが、今日は違いました。何と言うか……確信していたのです。
目の前の扉が開き、頭の上の片耳の欠けた人影が、扉の外に立っていました。その人影は、ピタちゃんの姿を認めると、気まずそうにしながら、一言だけ、言ったのです。
「……ただいま、ピタ」
その懐かしい声に、細くしなやかな姿に、毛並みの揃った尻尾に、見覚えが無い筈は有りません。
ピタちゃんは、何も言わず、そのままポルト君の胸の中へと飛び込んでいきました。




