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World Observer ~罪深き異世界の観測者~  作者: 7%の甘味料
贖罪する父親と自らの殻に籠る娘の観測記録
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贖罪する父親と自らの殻に籠る娘の観測記録 Part2

「だから、この問題の答えがあるとしたら、ただ一つです

 大江さん……あなたは娘さんを本当はどうしたいんですか?」


「し、幸せになってほしい……」


絞り出すように大江はこう言った。


「虫の良い話である事も……自分のせいだって事も分かってる……

 だが俺はあいつに幸せになって欲しいんだ

 今のまま他人を拒絶して引き籠って俺が死ぬまで安全に暮らせたとしても

 それであいつは幸せなわけがない……ずっと怯えてるんだ……存在しない組織に……」


大江はそう言ってしばらく黙った後、目の前の酒を一気に飲み干した。


そして、真っ直ぐ俺を見てこう言った。


「なぁ……これは社長としての業務命令ではない

 ただ、この私「大江」と言う男から旅人の君に対するお願いでしかない

 少しだけで良い、少しだけで良いから協力してくれないか?」


大江はそう言うと黙って俺に対して頭を下げた。


立ち上がって90度以上頭を下げる様子に、周りの人間は異様さを感じている様だった。


しかし大江にはそんな周りの怪訝な目線は気にも止めず、このままならどけ座をしかねないくらい必死だった。


「分かりました、手伝える事があれば手伝いましょう」







そう言って数日、大江を手伝う日は早く訪れた。


安請け合いの様な事はしてしまったものの、どの様な事を手伝うのかは全く分かってなかった。


前日に詳細を聞くと、どうやら手伝う事は単純で娘と話して欲しいと言う事らしい。


大江曰く、自分の信頼した部下を連れてくる事で普通に話せる人を増やしていき、最終的に病気を治していく作戦らしい。


今は休日の昼で、大江の自宅の1階のリビングで頃合いをうかがっている所だった。


「寝ている時に行くのは俺でもご法度なんだ

 もう少し待っていてくれ」


「娘さんは何時も何時に起きてるんですか?」


「14時くらいだ……夜はいつも遅くまで起きている」


今は13時55分くらいなのでもうすぐと言った所だ。


俺は近くで買った菓子パンを齧りながらその時を待っていた。


14時になると、大江は立ち上がって2階に上がっていった。


そしてすぐに降りてきてジェスチャーでこっちに来いと合図を送ってきた。


俺は菓子パンの袋をポケットに突っ込み、大江の後を追う。


「この部屋だ……くれぐれもあまり刺激する様な事は言わないでくれよ」


2階の奥の部屋に辿り着くと、大江はドアをそっとノックした。


しかし、反応はない。


「何時も出てくるのが遅いんだ、大丈夫さ」


それから1分くらい過ぎた時だろうか……


ガチャリッ……


内側から鍵を開く音が聞こえるとゆっくりとドアが開く。


「お父さん……なに……今ゲームで忙しいんだけど?

 今日仕事ないの?」


そこには寝起きなのか、そもそも人と会わないからか髪がぼさぼさで


燈色の寝間着を着た20代前半くらいの女がいた。


しかし、顔を見ると整った顔立ちをしており少しおめかしをすれば化けるであろう美人顔である。


「ぅぇっ……う、後ろの人はだれっ!?」


俺の存在に気付くと、扉から出てきた女は咄嗟に扉の後ろに隠れた。


そして、扉を盾にしてこちらの様子を見ている。


「心配するな弥咲、この人はうちの優秀な部下でね

 私も信頼を置いて……」


「帰って!!」


大江の言葉を遮る様に、大江の娘の弥咲と呼ばれた女は声を上げた。


「帰って!!

 私の前から消えてっ!!」


「おまえ客人に対して何て口を……」


「うるさいっ!

 今日の寝起き何だか何時も以上に頭が痛いし、気怠いから何だと思えば

 父さんが連れてきた部下のせいよっ!!」


大江の娘、弥咲は唐突に体調不良の原因を俺になすりつけてきた。


勿論、そんな訳はないのだが、俺が口を出してもややこしくなるだけなので俺は黙って様子を見守る。


「おまえは……何を言っているんだ……」


「分かってるのよっ!!

 あんたは機関の手先でしょ! 私の事を殺すために父さんに近づいて

 具合の悪くなる電波を発信して私を苦しめたんでしょ!」


機関、電波……この女は俺が想定している以上に、病気に犯されている様だ。


大江には悪いがこれはカウンセリングや他者との対話で解決できるような段階にはない。


「な……根拠もなくおまえはまたそんな事を……

 大体それなら、俺も具合が悪くなってなきゃおかしいだろ?

 俺は今ピンピンしてるぞ?」


大江は説得するために、弥咲の話の矛盾を付いていくか、統合失調症の人間に道理は通用しない。


「これは女にしか効かない電波なのっ!

 あいつらは私だけを狙い撃ちして、私を精神的にじわじわ追い詰めて

 弱ったところを殺す気なんだわ!

 早くそいつを追い出して! 良いから早く!」


「お、おまえ……良い加減に……」


ガシャァン!! ガチャリッ!


その瞬間、勢いよく扉は閉められ荒っぽく内側から鍵を閉められた。


「……霧崎、すまないな」


「いや、大江さんが悪いわけじゃない

 そして、弥咲さんを責める事はできませんから」


「何時もそうだ、俺が何とかしようとすると何時もこうなるんだ……」


大江は頭を抱えてこう言った。


「とりあえず我々は一度家を出ましょう

 今ここに残っても……刺激するだけだと思います」


「気を遣ってもらって、本当にすまないな……

 近くに私がよく行くカフェがあるんだ、そこで話すとしようか」


大江は申し訳なさそうにしながら、近くのカフェで一旦落ち着くことを提案したのだった。







大江と俺は近くにあるカフェに辿り着き、一席借りてそこに座った。


家からカフェに着くまで無言の時間が続いた。


二人分のコーヒーが運ばれて、大江はそのコーヒーに砂糖とミルクを入れる。


「霧崎は……砂糖いるか……?」


長い静寂を破ったのはその一言だった。


「いえ、俺はブラックが良いです」


「そ、そうか……俺は……コーヒーはな甘い方が好きなんだ

 ははっ……こんなスキンヘッドのヤクザみたいな見た目だから

 意外って言われるんだけどな……ははっ……」


彼は乾いた笑いを浮かべながら俺の砂糖とミルクを拝借してそのまま自分のコーヒーへと入れた。


そして砂糖とミルクを二人分入れたコーヒーを口に含む。


深淵を思わせる黒茶色の液体の苦さの面影は何処にもなく、きっと子供の飲むコーヒー牛乳の様な甘さが味わえる事だろう。


しかし、大江の顔はどこか苦そうにしてコーヒーを覗きこんでいる。


「おかしいよな……こんだけ砂糖とミルクを入れてもよ……

 苦くて仕方がないだなんてな……

 俺の味覚”も”壊れちまったのかねぇ……」


大江は自嘲気味にこう言って、窓の外から自分の家の方角を見つめている。


「なぁ……本当の意味で弥咲を助けて幸せにすることは

 やっぱりあいつを刺激しない事なのかね……

 情けない話だが自信がなくなっちまったよ……」


「少なくとも……このやり方では

 彼女の病気を治す事はできないでしょう……」


大江は頭を抱えながら、また黙りこんでしまう。


「霧崎……情けないのは承知で聞くが

 俺はどうしたら良いんだ……弥咲を助けるために俺は一体どうすれば良いんだ?」


大江は俺にすがる様に意見を求めてきた。


観測者として出過ぎた事をするのは何時も控えている。


しかし、自分の意見を言う分には問題はないだろう。


その通りにするかどうかも大江自身だ。


「一つは治す事を諦めて、病気と付き合っていきながら

 弥咲さんに不自由なく暮らさせる事です

 大江さんは複雑かもしれませんが、弥咲さんは大江さんの事だけは信頼しています」


「そ、そうか……な、なら良いんだけどな……」


大江はそう言うと、少しだけ嬉しそうな表情をしていた。


やはり、娘の事を愛している事は間違いないだろう。


仕事に没頭した理由も、不倫していなくなった母親がいない分もせめてお金では不自由させない様にしようと考えた結果だったのだろう。


「よく勘違いする人もいますが、心の怪我や不調だって身体の怪我や不調と同じ様に見なくてはいけないんです

 自分の足では歩けない人と同じです、病気で体が動かせずに寝たきりの人と同じです

 それ自体今の医療技術で治せないのなら、その上でどの様に働くのか、生きていくのかを考えますよね

 精神的な病に掛かって引き籠っていて、それを治す事が難しいのであれば、引き籠りながらどう生きていくのかが重要でしょう」


「精神的な病なんて、気持ちの問題でどうとでもなると思ってる人が多いからな……

 実際はそんな簡単じゃねーのに……甘えだの……何だの……ふざけんなって話だ

 むしろ、精神病をそんな甘く見て生きれるくらい幸せな人生を送ってきたと思わなければおかしいくらいだ!」


大江は怒りで机を強く叩いてこう言った。


「勿論、引きこもってる人が外に出れる様になって、外に出て生きていける様になるのは素晴らしい事ですし、理想論としてはそれで間違ってはいないでしょう

 しかし、病気が進行して自分にも身の周りの人間にも何とかできる状況にないのであれば正直二択になるでしょうね……」


「二択……俺が不自由なく最後まで暮らさせてあげる以外に

 何か方法があるのかっ!? 頼む教えてくれ!」



続く


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